2018年4月10日火曜日

医療九条の会・北海道 第12回総会と記念講演会を開催

 3月3日(土)ANAクラウンプラザホテル札幌に於いて、本庄十喜先生(北海道教育大学札幌校准教授)を迎えて記念講演会が開かれました。本庄先生は日中友好協会の会員です。
 演題は【歴史修正主義の克服と歴史認識の共有を目指して━「日韓合意」「少女像」問題、そして日中韓教材対話の試みから考える━】
 以下、内容をかいつまんで報告します。
 【はじめに】
 (1)歴史修正主義とは何か
 一言で言うと「資料や証言により史実と認定されている事実を否定、歪曲する考え方」を言います。
 象徴的には藤岡信勝や西岡幹二らが「新しい歴史教科書をつくる会」を発足し、従来の教科書を「自虐史観」とみなし「健全なナショナリズム」と称して1996年以降復権をめざしています。例えば、①南京虐殺はなかった。あるいは中国側で言う30万人でも、日本の歴史教科書が採用している10万~20万人でもなく、「最大で1万人」。
②日本軍による慰安所制度はなかった。「従軍慰安婦」とは性奴隷でなく「単なる商行為」「売春婦」に過ぎない。
③朝鮮の植民地化や日中戦争の責任は、ロシアや欧米の脅威に対する危機意識の欠如と、近代化が遅れた中国にある。
④1と2の問題は「国内外の反日勢力」のプロパガンダによってでっち上げられたもの等。
(2)安倍首相の慰安婦認識と歴史修正主義
 これまでの安倍晋三首相の言動は、97年「日本の歴史教育を考える若手議員の会」発足(会長中川昭一、事務局長安倍晋三)。2001年NHK「女性国際戦犯法廷」番組への両氏の介入(当時安倍は官房長官)。第一次安倍政権時に「狭義の強制連行はなかった」と発言。そして衆議院予算委員会での「慰安婦狩のような強制性、官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらない」などの答弁を行い、これに対して国際的批判や米下院での日本政府に対する謝罪決議が起こる。
 同年6月「ワシントンポスト」に「慰安婦」の強制性を否定する意見広告を掲載。
【日韓合意とは】
 2015年日韓外相が「慰安婦」問題に関する「合意」を共同記者会見で発表。
①日本軍関与の下、多くの韓国人女性の名誉と尊厳を傷つけた「心からのお詫びと反省」を表明。
②韓国政府が設立する財団に10億円を拠出。元慰安婦の名誉回復と心の癒しのための事業に。
③これらを前提に、今後不可逆的に解決されることを確認、今後この問題の批判を控える。
・尹炳世外交部長官が「民間団体が設置した在韓日本大使館前の『平和の像(少女像)』の撤去や移転を適切に解決するよう努力する」と表明。
・安倍首相は「70年目にして不可逆的解決をすることができた。先の世代に謝罪し続ける宿命を負わせるわけにいかない」

【その後、韓国の政権交代により「日韓合意」に関する新方針を発表】
・15年の合意は両国の公式合意だった。したがって韓国政府は再交渉は求めない。ただ、日本側が自ら、国際的な普遍基準によって真実をありのままに認めること。
・被害女性が一様に願うのは、自発的で心のこもった謝罪である。
・15年の合意は被害者たちの意思がきちんと反映されていない。

 【「合意」の問題性】
 ①そもそも合意が文章化されていない(口約束)外交文章として極めて効力のないもの。
 ②被害者本人の聞き取りや打診がない。
 ③「慰安所」の強制性や「性奴隷」状態であったことの否定。
 ④案の定、2016年の参議院予算委員会で安倍首相は「性奴隷という事実はない」と答弁。岸田外相も「性奴隷という言葉は事実に反するもの」同じく岸田外相は「10億円は賠償ではない」
 ⑤真相究明処置・再発防止処置は言明されず。

 約1時間半の講演を、紙面の関係とは言え、日中戦争当時の慰安婦の状況やこの裁判、日中韓東アジアの歴史教材対話について省略しています。なお参加者は60人と大変盛況でした。                                   ( 影浦貞宏)

中国駐札幌総領事館で  国際婦人デー 記念パーティー開催

3月8日、中国駐札幌総領事館で、国際婦人デー記念パーティーが開かれ、日中友好協会札幌支部から三木ふみよ副理事長と中国語教室の寺岡文子さんが参加しました。
 中国語教室の楊志剛先生がアコーディオンを弾いて、華僑華人連合会の合唱団が歌を披露しました。年々参加者が多くなり、約200人の女性たちが招待されました。
 中国では、この婦人デーを大事にして、総領事夫人が挨拶をされました。

沖縄の太極拳種目別講習会に参加して

3月9日(金)から11日(日)まで、沖縄の那覇市内の空手会館で太極拳種目別合宿が行われ、全国から102人が参加しました。北海道からは三木が参加しました。
 種目は、二十四式、四十二式総合、陳式簡化の3種目です。
 1日目の練習後、琉球大学名誉教授の上里賢一沖縄支部長が「日本の琉球併合と中国・台湾」と題して講演しました。
 日米同盟によって、日本の安全は維持できるいう「常識」は、沖縄では却って「軍事基地は経済発展の阻害要因」であり「軍事基地があるゆえに攻撃される」という認識になっている。また、沖縄独立を掲げる「琉球民族独立総合研究会学会」が活発化しているが、私は支持していない。
 1879年の明治政府の琉球併合は武力によるものであった。沖縄本島以北を日本へ、以南を中国清朝にという分割案もあった。
 この時、武力併合ではなく、もっとおだやかな併合の仕方であればよかったと考えている。
 現在、普天間の基地を辺野古へ移すという政策も、もう沖縄の人々の我慢の限界を越えている。沖縄は、これから東アジア文化交流拠点として、軍事基地を撤去し、尖閣諸島周辺の非軍事化を目指すべきでないか、と展望を述べました。
 3日間の合宿後、4日目は、1日コースとして辺野古移転反対の座り込みグループと、半日コースの南部戦跡めぐりコースに分かれました。
 三木は帰札の最終飛行機の関係上、やむをえず半日コースに参加しました。
 半日コースは、平和祈念公園での平和の礎を見学しながら、若い平和ガイドの方から色々な方の亡くなった状況を聞きました。
 4月1日米軍上陸後、首里城下にあった司令部が南部の摩文仁に撤退して、6月23日司令官牛島満が何の命令も下さず自決してしまい、配下の部隊は戦いを止めることができなかった。 特に印象深いのは、1万人の人が住む久米島に40人部隊やってきて、島の人々を支配するために、アメリカのスパイ容疑で郵便配達夫や海で海草を拾っていた朝鮮人一家を殺害した話である。
 無責任に自決した牛島司令官の名も礎の中に刻まれていました。沖縄の人々の寛大さでありましょうか。
                                                                      (三木ふみよ)

第4回中国百科検定  札幌会場は、15人が受験

 3月21日(月・祝日)第4回中国百科検定試験が全国で行われました。
 北海道は、札幌のかでる2・7で行われました。
 今回の受験者は、前回より少ない15人でした。
 受験者全員が定刻前に集合、遅刻や欠席はありませんでした。
 受験者は、3級1人、2級7人、1級6人で,今回が初めての特級の政経分野は1人でした。
 試験監督官を、札幌支部の小川勝美理事長と影浦貞宏事務局長が務めました。
 会場の都合で、今回は懇談会は行われませんでした。
 次回の第5回は、12月9日(日)、第6回は、2019年3月21日(木・祝日)ですが、札幌での開催は、これから北海道連や各支部とも相談して決める予定です。