2023年1月19日木曜日

閣議決定とは        全道慰霊祭に関わる私にとっては

 閣議決定とは        内閣総理大臣とその閣僚の合議体  で、内閣の権限事項を決定

              するこ と、非公開なもの


全道慰霊祭に関わる私にとっては    国民に何の説明もせず、自分たち で決めてしまう

                   政府のやり方。理不尽で非人道的な政府決定。


 このように断言するようになったいきさつを説明します。まず、資料①、②を一読、御覧になってください。罪深い決定だと心に刻んだ歴史の真実です。資料①は中国人殉難者全道慰霊祭の案内文です。資料②は日中不再戦友好碑の背面文です。

 中国人殉難者全道慰霊祭に参加するようになったのは、仁木九条の会事務局員として鴫谷先生の講演を企画・運営する一員となってからです。2009年の8月に、第2回すいとんを食べながら平和を語る会で、「なぜ日中不再戦友好碑が仁木町にあるのか」というテーマで、歴史的資料でわかりやすく、印象深い話をしていただきました。その時に「この閣議決定がなければ」と思いました。

 その後、2014年{集団的自衛権行使」を閣議決定、2015年「安全法制(戦争法)の強行採決」、岸田政権では「安部元首相の国葬」、「安保三文書」の閣議決定が続いています。もうこれ以上、危機的な政府決定を見逃すわけにはいきません。

 日本国憲法の精神を生かし、不再戦友好の誓いを貫くため「国民の、国民による、国民のための政治」に変えていく行動が必要です。

                      仁木町 齊藤 圭二


 資料①

 一九四二年十一月二十七日、東条内閣は「華人労務者内地移入の件」という閣議決定をしました。

 大日本帝国陸海軍と日本政府が推し進めた侵略戦争の痛ましい傷痕が、私たちの北海道の大地に深く残っています。この事実を忘れては真の日中友好は成り立ちません。


 資料②

昭和十七年、東条内閣が閣議決定し、この碑より十五粁は九百名の中国人俘虜を強制労働や栄養失調等で犠牲となりました。日中両国人民の永遠の友好を願いが再び戦うことのないことを願い哀悼の意を表します。殉難者の皆さん安らかにお眠りください。

  一九六六年十月




名実伴う 中国人殉難者全道慰霊祭を   ━第20回をめざして━

  名実伴う中国人殉難者全道慰霊祭を  ━第20回をめざして━              

      劉連仁さんの思い出(21)

      「慰霊祭のしおり」

     日中友好協会北海道連 会長 鴫谷節夫

  慰霊祭当日、参列者に配る「栞」が作られたのは、第16回です。ガリ版印刷の6ページですが、当時のやり方が判って興味深いところがあります。

 日本・中国友好協会札幌支部太極拳サークルによる慰霊太極拳がこの栞に載っています。例年事前に配布するチラシに「慰霊祭のあゆみ」では第19回(1984年7月1日)に慰霊太極拳の記載がありますが、それより3年前に始まっていたわけです。

 強制連行された中国人の要求書

 この栞の5ページと6ページには、小樽の菅原組と日本港運業会に強制連行された中国人が、米軍の荷役要請を拒否した次のような「要求書」が掲載されています。

   要求書(訳文)

一、我等は俘虜として来たのであって、華労としてきたのでない。自ら願って日本の牛馬の如き仕事をしに来たのにあらず。此れ日本軍隊が強力に中国の数十箇村を包囲、青壮年を問わず全部捕らえ、一部を捕虜とし、一部を農民として捕らえたのである。これを以て我等は俘虜待遇を受くべきで、華労待遇ではない。

二、日本に来て受けた損失に対する賠償

1、労力と精神上の損失(以下略)

2、残留家族の生産財上の損失(以下略)

3、由って、我等俘虜として日本に来たる一年間家族の音信不通(我等に通信を許さず)、故に家族の生活は維持できない。又、生死を知らず、毎日心配している。すべからく一刻も早く帰国し、以って家族の意を安んぜん。

小樽華人代表

 常金才、張玉林、税憲巧、韓明徳、武済津、王付臣、嚇土傑

 

 この資料は「小樽民衆史を語る会事務局長・琴坂尚氏の資料集」から引用したものです。


  宝物❘参列者名簿

 16回はこの外に、「中国人殉難者全道慰霊祭参列者名簿」を用意し、参列者に記帳を求めました。直筆で56名分があります。57回まで延べ参列者数はどのくらいになるか、名簿を数えてみたいと思っています。                 (つづく)

新年あけまして おめでとうございます。

  新年あけましておめでとうございます。

         日中友好協会札幌支部事務局長 影浦貞宏


      新年あけましておめでとうございます。

 と、心からお祝いしたいところですが、今年もあまり期待できませんね。

 ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の度重なるミサイル発射に乗じた大軍拡。物価高騰への無策。追い打ちをかけるように消費税アップの画策。危機に乗じた原発回帰の方針。

 最も恐ろしいまやかしは「集団的自衛権の行使で敵基地攻撃能力を使える」と政府見解を述べていながら「専守防衛を守る」という、自分が何を言っているのか、よくその矛盾に耐えられるものですね。

 先日、アメリカの戦歴や介入した1950年代以降を調べてみました。主だったところでまず1950年の朝鮮戦争、グアテマラ革命の介入、キューバ介入、トンキン湾事件、ベトナム戦争、リビア空軍機撃墜、イラク戦争、ロシア・ウクライナ戦争まで32回介入や戦争をやっていない年はベトナム戦争後の7年間だけでした。

 私は74年から92年の間に3回アメリカに渡りましたが、スーパーに入ると入口カウンターに、銃やライフルが壁にかけてあって、身分証明書があれば誰でも買えるとのことでした。当然銃による犯罪は日本の数百倍に上るとのことした。

 こうした好戦的なアメリカと安保条約を結んで、なぜ安全なのでしょう。

 今年もまた、皆さんと一緒に重い腰をあげなければなりませんね。