大判の封筒が総領事館から届きました。一目見て、ああ今年の国慶節の招待だなと思って後で見ようと机の隅に置いて、あっという間に1週間が経ちました。
思い出して手帳にメモしようと開封。出欠の返信用紙に交通手段(飛行機、新幹線、電車)、東京往復の交通費を負担しますと書いてあります。総領事館に行くのに、なんで飛行機?全く思いも寄らなかった招待です。事態がのみこめないまま改めてしっかり読み直しました。
「本年は戦後70周年という記念すべき年にあたります。中国大使館は強制連行による中国人殉難者慰霊碑の設立、維持管理及び慰霊祭の開催など長年にわたってご尽力されたことに感謝し、中国と日本との永遠の平和と友好を願って、関係者の皆様と座談会及び懇親会を下記により開催します。ご多用の折と存じますが、1~2名のご臨席を賜りますようご案内申し上げます。
中華人民共和国駐日本大使館
2015年8月吉日 」
同封されていた「感謝状」には「中華人民共和国特命全権大使程永華」と署名がありました。もう間違いない。9月18日午後開催。連休を控えて切符は売切れやっとのことで日帰りで参加できました。
座談会は時間が足りません。午後2時半定刻に始まりましたが、各団体5分で代表挨拶と慰霊碑紹介をということでしたが、それを守ったのは初めの6団体くらい(その内北海道が5団体)15分、20分などもあって全28団体の発言が終わったのは予定時刻を1時間も過ぎた午後6時半でした。予定されていた自由発言・討論も出来なくて、この中国人殉難者慰霊活動の本質的な課題は何かという討論が聞けなかったのは残念でした。
戦後70年という節目の年に同胞のこととはいえ、中国が国家として私たちの慰霊活動を高く評価してくれたことは、大変有難く嬉しく思いました。同時にもう一つ私たちに「感謝状」を出さなければならないところがあるのではないかと心底から思いました。
何も感謝状が欲しくてやっているわけではないが、4万人を強制連行し7千人殺した責任は日本政府にある。北海道では3047名も殺したわけだから、年一度の慰霊追悼行事を北海道として高橋知事が主宰して行うのが当然だと思います。
そういう日本政府・北海道政を実現しなければならない。それまでこの全道慰霊祭をやめるわけにはいかないと中国大使館を出る時改めて決意しました。
2015年10月7日水曜日
太極拳講習会
札幌支部太極拳サークルでは、8月22日(土)、23日(日)の両日、東京本部より3年ぶり2度目の来札となる宇納めぐみ本部指導員を迎えて太極拳講習会を行いました。
昨年は武冬北京体育大学教授、一昨年は高橋清枝院長の講習会でした。
1日目は教育文化会館で、指導員対象に行い5人が参加しました。
2日目は、一般の生徒さん対象に手稲区民センターにおいて行い、20人が参加しました。
内容は二十四式でしたが、主に弓歩の足の運び方についてです。やはり、重心をうしろにひく時には、股関節の回りの筋肉(クア)を折り畳む様ににして座り、斜めに足を寄せる時にもこのクアを折り畳むことを強調されました。
昨年は武冬北京体育大学教授、一昨年は高橋清枝院長の講習会でした。
1日目は教育文化会館で、指導員対象に行い5人が参加しました。
2日目は、一般の生徒さん対象に手稲区民センターにおいて行い、20人が参加しました。
内容は二十四式でしたが、主に弓歩の足の運び方についてです。やはり、重心をうしろにひく時には、股関節の回りの筋肉(クア)を折り畳む様ににして座り、斜めに足を寄せる時にもこのクアを折り畳むことを強調されました。
2015年8月28日金曜日
8・15 反戦街頭宣伝行動
戦後70年の2015年さっぽろ平和行動は、8月6日から9日まで、札幌地下街オーロラコーナー(大通西3丁目「道新通路」)で「戦争と平和を考える」パネル展(後援札幌市)が開催され、原爆と人間展を主体に展示しました。
終戦記念日の8月15日は午前11時から30分間、三越前で、例年より多い50人を超える参加者で『「戦時中の召集令状」に「これが赤紙です」』と記したチラシを約千枚配布しました。
赤紙の裏面には、憲法九条を守り、憲法違反の「戦争法案」を廃案にしようと訴えが掲載されています。 実行委員会の細川久美子委員長(平和婦人会会長)が戦争中のもんぺ姿で、「今赤紙を配布しています。手にとってご覧ください」「みんなが声をあげて戦争法案を廃案に追い込みましょう」と呼びかけました。長崎の原爆で被爆された方がその被爆体験を語りながら、戦争法案の廃案を訴えました。北海道原水協の嶋田千津子事務局長は防空頭巾をかぶり「赤紙」を配布。医労連の看護師は、右半分は今の白衣の看護師のスタイルで左半分は黒色の従軍看護婦の制服姿で、日赤の看護婦が5万人も従軍した歴史などを話し、戦争法案の廃案を訴えました。
日本中国友好協会札幌支部からは、小川勝美理事長と影浦貞宏事務局次長が参加し、通行する市民の皆さんに「赤紙」を配布しました。
15日正午のNHKの道内ニュースで小川勝美理事長がさっぽろ平和行動のピンクの法被姿で市民に「赤紙」を配布している映像を流し、さっぽろ平和行動の活動を報道しました。
赤紙配布に参加した小川勝美・影浦貞宏の両氏
終戦記念日の8月15日は午前11時から30分間、三越前で、例年より多い50人を超える参加者で『「戦時中の召集令状」に「これが赤紙です」』と記したチラシを約千枚配布しました。
赤紙の裏面には、憲法九条を守り、憲法違反の「戦争法案」を廃案にしようと訴えが掲載されています。 実行委員会の細川久美子委員長(平和婦人会会長)が戦争中のもんぺ姿で、「今赤紙を配布しています。手にとってご覧ください」「みんなが声をあげて戦争法案を廃案に追い込みましょう」と呼びかけました。長崎の原爆で被爆された方がその被爆体験を語りながら、戦争法案の廃案を訴えました。北海道原水協の嶋田千津子事務局長は防空頭巾をかぶり「赤紙」を配布。医労連の看護師は、右半分は今の白衣の看護師のスタイルで左半分は黒色の従軍看護婦の制服姿で、日赤の看護婦が5万人も従軍した歴史などを話し、戦争法案の廃案を訴えました。
日本中国友好協会札幌支部からは、小川勝美理事長と影浦貞宏事務局次長が参加し、通行する市民の皆さんに「赤紙」を配布しました。
15日正午のNHKの道内ニュースで小川勝美理事長がさっぽろ平和行動のピンクの法被姿で市民に「赤紙」を配布している映像を流し、さっぽろ平和行動の活動を報道しました。
赤紙配布に参加した小川勝美・影浦貞宏の両氏
2015年8月25日火曜日
ベトナム戦争終結40年 ツーズー病院タン院長とドクさんとの市民交流集会
8月5日、札幌の道新ホールで、「ベトナム戦争終結40年、枯葉剤の苦しみ今も」と題して、ベトナムのツーズー病院のタン院長とドクさんを迎えて、市民交流集会が開かれ、230人が参加しました。
たかさき法律事務所の小池ちひろ弁護士の司会で始まり、6分間の映像「沖縄のベトナム村」を上映。沖縄にベトナムを模した村を作り、沖縄の人を借り立て、ベトナム人に模して、ジャングル戦の訓練を行っている映像でした。
呼びかけ人を代表して、日本弁護士連合会の元副会長の髙﨑暢弁護士が「国民の多数が戦争法案の廃案を願っている。若者やママさんも反対に立ちあがっている。創価学会員も反対の声を上げ始めた」と紹介しながらタン院長とドクさんを迎え、さらに廃案まで頑張ろうと呼びかけました。
タン院長は、米軍による枯葉剤の散布で、植物が枯れるだけでなく、土も水もそして汚染された魚を食べて手や足の無いこどもが生まれたことを生々しく語りました。
10年前からアメリカを裁判で訴えているが何の回答もないと怒りを語りました。
ツーズー病院には60人が入所する施設「平和村」がある。枯葉剤の2代目3代目です。と紹介しました。ここに海外からの訪問者、日本からもよく来られる。戦争が終わってから生まれるこどもに長く影響が出ると話し「皆で世界を平和にしましょう。世界から戦争を無くしましょう」と呼びかけました。
ドクさんは「私は戦争の被害者で、兄のベトは2007年に死にました」と語り、「今生きているのは日本の先生のおかげです。1988年手術で2人に分けました。私はコンピューターを習い、平和村の社員になった。私は脳障害があるので3年のところを5年かけて学んだ。私は走れない。歩くのも大変です。結婚して2人のこどもがいます。上の子は小学校1年生になります。私は、日本がベトナムの病院などに支援してくれていることに感謝しています」と述べました。
2015年8月4日火曜日
三笠から日中友好の灯を消せない
故人となったった岩崎賢治さんを偲んで
美唄支部長 供野 周夫
十数年前の事だったと思うけれど、三笠の岩崎賢治さんが岩見沢のある総合病院で肺がんの告知を受け、場所が悪いため手術はできないので、抗がん剤を主体にした治療をしても余命3か月ということを聞きました。その後、札幌市菊水の国立がんセンターに転院して回復しました。
毎年、日中友好協会のカレンダー普及の時期になると美唄から三笠の必要分を私が届けていました。
退院した年の彼の姿は痛々しかった。抗がん剤の副作用で頭髪は抜け落ち、まだ、病人の顔をしていた。
それでも彼は、三笠の日中友好協会の中心メンバーが高齢化のため次から次へと他界していったので、「三笠から日中友好の灯を消さないために生きている限り自分がやる」と力強く語っていた。
いまは、静かにご冥福を祈るのみです。
日本中国友好協会三笠支部長の岩崎賢治さんは、6月14日、77歳でご逝去されました。
日中友好協会北海道支部連合会は、葬儀に当たり、生花一籠を供し、副会長・美唄支部長の供野周夫さんが葬儀に参列しました。
2015年7月17日金曜日
生きる━ 劉連仁の物語 好評発売中
函館の児童文学作家 森越智子さんの中高生向け文学書「生きる━劉連仁の物語」
童心社から7月5日に発売。定価 本体1,600円+税 好評発売中
童心社から7月5日に発売。定価 本体1,600円+税 好評発売中
7月7日付北海道新聞読者の声欄に札幌市北区の主婦 鈴木比沙子さん70歳の表題の投書が掲載されました。転載して紹介します。
太平洋戦争中に日本に強制連行されて、過酷な労働を強いられ道内の炭鉱などで亡くなった中国人労働者を悼む「中国人殉難者全道慰霊祭」が6月28日に後志管内仁木町で催され、炭砿から脱走し終戦を知らないまま道内各地を13年間逃げ続けた故劉連仁さんの長男の劉煥新さんが参列し、焼香しました。(29日朝刊)。
私は2002年に民間団体主催の講座「アジア侵略の痕跡」に参加して、初めて劉さんのことを知りました。
発見された石狩管内当別町の山中近くを訪ね案内人の話を詳しく聞きました。沼田町の炭鉱では満足な食事もなく、過酷を極めた労働に加えて日常的な暴力を受けたことから脱走し、山野を逃げ続け生き延びたそうです。私は奇跡だと思いました。
その史実を函館の児童文学作家森越智子さんが「生きる 劉連仁の物語」にまとめて今月出版するという記事を読み、私は大変うれしく思いました。
森越さんはこうした事実を子どもたちに伝えたいという強い思いがあったそうです。出版を楽しみにしつつ、私も民間レベルで中国との友好をつないでいきたいと強く思いました。
盧溝橋事件から78周年 札幌で7・7平和集会を開催
~日中戦争の戦端、
盧溝橋事件(1937年7月7日)から78年~
第30回 7・7平和集会
戦後70年、いま植民地支配・
侵略戦争と向き合う
7月7日、札幌市民ホール会議室で30回目を迎えた「7・7平和集会」が、日本中国友好協会札幌支部やキリスト教団体など31団体でつくる実行委員会が主催して開かれ、160人が参加しました。
参加者に、日中友好協会が作成した盧溝橋事件から78周年のチラシを配布しましたが、大変好評でした。
実行委員長の今橋直弁護士が「盧溝橋事件から日中戦争、アジア太平洋戦争,第二次大戦へと突き進んだ歴史を胸に刻み二度とそういう国にならないように。いま、国会では安倍首相のもとでまた戦争に向かうのでないか、これをどう止め、彼らの野望を打ち砕いていかなければならないが」と述べ、講師の紹介をしました。
講師の崔真碩(ちぇじんそく)広島大学教員は、「産経事件」について報告。 詳しくは現代思想の昨年10月号をお読みいただきたいと前置きしながら昨年の大学の授業で「ドキュメンタリーも客観を構成する虚構だ」として国連がつくった「終わらない戦争」というドキュメンタリー映画で韓国の慰安婦・性奴隷の証言などの映画を流しました。この映画を不快に思った学生が産経新聞に投書。産経新聞が一面トップで報道。インターネットで配信。大学に抗議の電話が殺到した。私にも抗議の電話がきた。また、ネット上で「反日テロリスト」と攻撃が続いたと紹介しながら、きょうお呼びいただいたように全国から講演依頼や激励も続いたことも紹介しました。
私は憲法9条を守りたい。日本のため、東アジアのために。また、私が生きているうちに朝鮮戦争を終わらせたいと語りました。
日本の滅亡について
講演の演題「日本の滅亡について」1948年の武田泰淳著「滅亡について」岩波文庫を紹介。いまここにある滅亡について、3・12の原発の水素爆発事故。ことし4月異常に高い線量を発生させている。原発問題は、今だけ、金だけ、自分だけ、経済至上主義で未来を捨てているのでないでしょうか。と述べました。また、戦後70年日本の植民地支配を考える時、東アジアは滅亡を経験した。100年前朝鮮は日本の植民地支配で滅亡した。日中戦争で中国にも滅亡した村々がある。沖縄も地上戦で滅亡した。韓国では挨拶でアンニョン、パンモゴッソ?これは飯食ったかという意味で植民地支配や朝鮮戦争で空腹の記憶があるからだ。沖縄は命どう宝という。命の大切さを知っているから。滅亡したことがない日本、地上戦の未経験。3・12では蓋がとばなっかった。滅亡を先送りしてきたが全的滅亡が予感される。
東アジアへの帰還
戦争を経験した日本人の「慧知」として憲法9条を守ってきた。これを東アジアに向けて掲げ、積極的に東洋平和を構築することが重要である。冷戦下でアメリカの政策によって、台湾・韓国などの東アジアから日本は搾取し、平和と繁栄を謳歌したのでないか、反日は反日本軍国主義で反日本文化でない。と述べました。 東アジアの国際関係の中で憲法9条を立体的に捉え直すことが大事だと思います。日本の侵略戦争の痕跡(滅亡)の上にある東アジアには憲法9条が是が非でも必要、朝鮮戦争が終わっていない韓国などで平和の誓いの憲法9条に信頼があり、戦後70年、もう一度誓い直すことが必要でないか。憲法9条は東アジアのもの、東洋平和論が必要だ。東アジアの平和を希求しているから。日本は国家として滅亡し、いかにやり直すか、アメリカでなく東アジアに帰還。この道しかない。と述べ、日本が東アジアに帰還する道はいつでも開かれている、と話しました。
質問時間で、タイトルの「日本の滅亡について」という深い意味について再度述べて欲しいと質問があり。
崔先生は、滅亡ととことん向き合った時、強い意志が生まれる。強い希望が生まれる。いまの日本社会は経済至上主義で、簡単に希望を語ったら、政府にもっていかれる。文学者としての役割から最悪を予感して耐える。そこから強い意志が生まれる。今の国のやり方は全部お金に変える。ちょっと油断すると軽くやられてしまう。だから強く身構えてタイトルにした。と答弁しました。
開会挨拶をする今橋直弁護士
盧溝橋事件(1937年7月7日)から78年~
第30回 7・7平和集会
戦後70年、いま植民地支配・
侵略戦争と向き合う
7月7日、札幌市民ホール会議室で30回目を迎えた「7・7平和集会」が、日本中国友好協会札幌支部やキリスト教団体など31団体でつくる実行委員会が主催して開かれ、160人が参加しました。
参加者に、日中友好協会が作成した盧溝橋事件から78周年のチラシを配布しましたが、大変好評でした。
実行委員長の今橋直弁護士が「盧溝橋事件から日中戦争、アジア太平洋戦争,第二次大戦へと突き進んだ歴史を胸に刻み二度とそういう国にならないように。いま、国会では安倍首相のもとでまた戦争に向かうのでないか、これをどう止め、彼らの野望を打ち砕いていかなければならないが」と述べ、講師の紹介をしました。
講師の崔真碩(ちぇじんそく)広島大学教員は、「産経事件」について報告。 詳しくは現代思想の昨年10月号をお読みいただきたいと前置きしながら昨年の大学の授業で「ドキュメンタリーも客観を構成する虚構だ」として国連がつくった「終わらない戦争」というドキュメンタリー映画で韓国の慰安婦・性奴隷の証言などの映画を流しました。この映画を不快に思った学生が産経新聞に投書。産経新聞が一面トップで報道。インターネットで配信。大学に抗議の電話が殺到した。私にも抗議の電話がきた。また、ネット上で「反日テロリスト」と攻撃が続いたと紹介しながら、きょうお呼びいただいたように全国から講演依頼や激励も続いたことも紹介しました。
私は憲法9条を守りたい。日本のため、東アジアのために。また、私が生きているうちに朝鮮戦争を終わらせたいと語りました。
日本の滅亡について
講演の演題「日本の滅亡について」1948年の武田泰淳著「滅亡について」岩波文庫を紹介。いまここにある滅亡について、3・12の原発の水素爆発事故。ことし4月異常に高い線量を発生させている。原発問題は、今だけ、金だけ、自分だけ、経済至上主義で未来を捨てているのでないでしょうか。と述べました。また、戦後70年日本の植民地支配を考える時、東アジアは滅亡を経験した。100年前朝鮮は日本の植民地支配で滅亡した。日中戦争で中国にも滅亡した村々がある。沖縄も地上戦で滅亡した。韓国では挨拶でアンニョン、パンモゴッソ?これは飯食ったかという意味で植民地支配や朝鮮戦争で空腹の記憶があるからだ。沖縄は命どう宝という。命の大切さを知っているから。滅亡したことがない日本、地上戦の未経験。3・12では蓋がとばなっかった。滅亡を先送りしてきたが全的滅亡が予感される。
東アジアへの帰還
戦争を経験した日本人の「慧知」として憲法9条を守ってきた。これを東アジアに向けて掲げ、積極的に東洋平和を構築することが重要である。冷戦下でアメリカの政策によって、台湾・韓国などの東アジアから日本は搾取し、平和と繁栄を謳歌したのでないか、反日は反日本軍国主義で反日本文化でない。と述べました。 東アジアの国際関係の中で憲法9条を立体的に捉え直すことが大事だと思います。日本の侵略戦争の痕跡(滅亡)の上にある東アジアには憲法9条が是が非でも必要、朝鮮戦争が終わっていない韓国などで平和の誓いの憲法9条に信頼があり、戦後70年、もう一度誓い直すことが必要でないか。憲法9条は東アジアのもの、東洋平和論が必要だ。東アジアの平和を希求しているから。日本は国家として滅亡し、いかにやり直すか、アメリカでなく東アジアに帰還。この道しかない。と述べ、日本が東アジアに帰還する道はいつでも開かれている、と話しました。
質問時間で、タイトルの「日本の滅亡について」という深い意味について再度述べて欲しいと質問があり。
崔先生は、滅亡ととことん向き合った時、強い意志が生まれる。強い希望が生まれる。いまの日本社会は経済至上主義で、簡単に希望を語ったら、政府にもっていかれる。文学者としての役割から最悪を予感して耐える。そこから強い意志が生まれる。今の国のやり方は全部お金に変える。ちょっと油断すると軽くやられてしまう。だから強く身構えてタイトルにした。と答弁しました。
開会挨拶をする今橋直弁護士
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