2月25日、東札幌のイーアスの京華楼において、北海道中国会の新春晩餐会が開かれました。
開会前に京華楼前で参加者全員で記念撮影しました。
小島大輝副委員長の司会の下で進められ、田義之代表が新春の挨拶と会設立4年目にして226人の会員に成長したと報告しました。
中国総領事館の孫振勇総領事が来賓挨拶に立ち「1972年の中日貿易額は100兆円だったが、昨年3000兆円、300倍に達し、観光客も1万人が1000万人に達した」と紹介しました。
日中友好協会北海道支部連合会兼札幌支部の小川勝美理事長と影浦貞宏事務局長が参加しました。
小川理事長は、締めの挨拶に立ち、春節のお祝いと中国会のさらなる発展、参会者の今年1年の健康を祈念しました。
来賓挨拶をする孫振勇総領事
2018年3月2日金曜日
北海道華僑華人連合会が春節聯歓会
2月15日、ホテルサンルート札幌において北海道華僑華人連合会の2018年春節聯歓会が開かれました。
汪志平会長が「中国改革開放40周年と中日平和友好条約締結40周年の記念すべき年です」と挨拶されました。
来賓として中国総領事館の孫振勇総領事が挨拶に立ち、北海道における華僑華人連合会が果たしている民間交流の役割を高く評価されました。
日中友好協会から鴫谷節夫会長と小川勝美理事長、影浦貞宏事務局長が参加し、鴫谷会長が来賓紹介を受けました。また、小川理事長が来賓挨拶に立ち、協会創立の歴史と中国人強制連行犠牲者の慰霊活動を紹介し、6月24日の第53回中国人殉難者全道慰霊祭への参加を呼びかけました。
挨拶する汪志平会長
汪志平会長が「中国改革開放40周年と中日平和友好条約締結40周年の記念すべき年です」と挨拶されました。
来賓として中国総領事館の孫振勇総領事が挨拶に立ち、北海道における華僑華人連合会が果たしている民間交流の役割を高く評価されました。
日中友好協会から鴫谷節夫会長と小川勝美理事長、影浦貞宏事務局長が参加し、鴫谷会長が来賓紹介を受けました。また、小川理事長が来賓挨拶に立ち、協会創立の歴史と中国人強制連行犠牲者の慰霊活動を紹介し、6月24日の第53回中国人殉難者全道慰霊祭への参加を呼びかけました。
挨拶する汪志平会長
来賓挨拶をする駐札幌総領事館の孫振勇総領事
2018年2月16日金曜日
学友会の春節をお祝いする会
2月15日、中国領事館において、北海道地区中国留学人員友好聯誼会の春節をお祝いする会が開かれ、日中友好協会から小川勝美理事長が参加しました。
陳剣会長が挨拶に立ち「私は3回目になりましたが、昨年留学された方は初めて親元を離れて独りぼっちの春節になります。学友会が傍にいます。昨年から会長になりましたが、40年間留学生のために頑張ってきた学友会の初心を忘れず、新しい年に向かって留学生のために努力します」と述べました。
来賓として孫振勇総領事は「留学生として勉強しながら地元の日本人の人たちと交流
し、中日関係の使者として頑張ってください」と挨拶されました。
陳剣会長が挨拶に立ち「私は3回目になりましたが、昨年留学された方は初めて親元を離れて独りぼっちの春節になります。学友会が傍にいます。昨年から会長になりましたが、40年間留学生のために頑張ってきた学友会の初心を忘れず、新しい年に向かって留学生のために努力します」と述べました。
来賓として孫振勇総領事は「留学生として勉強しながら地元の日本人の人たちと交流
し、中日関係の使者として頑張ってください」と挨拶されました。
北海道在日中国科学技術者聯盟が新春聯歓会
2月10日(土)札幌市中央区の中華楼で、北海道在日中国科学技術者聯盟主催の新春聯歓会が盛大に開かれ、日中友好協会から小川勝美理事長と影浦貞宏事務局長が参加しました。
呉敦顧問が「数日前まで風邪のため高熱でしたが、新年を迎える聯歓会を前にすっかり良くなりました。また、昨年仁木町において中国人殉難者全道慰霊祭が開催されました。長い間欠かさず開催してくれていることに、心から感謝と敬意を表します」と挨拶されました。
来賓として中華人民共和国駐札幌総領事館の孫振勇総領事が挨拶に立ち、最初に「仁木
町における中国人殉難者全道慰霊祭が数十年にわたって欠かさず開催されていることに心から感謝と敬意を称します」と挨拶され、「中国と日本は一衣帯水の関係にあり」「歴史を鏡に未来に活かすことが大事です。最後に今年は戌年、犬は忠誠心が強く家族を大切にします。今年も皆様にとって良い年でありますように」と結ばれました。
呉敦顧問が「数日前まで風邪のため高熱でしたが、新年を迎える聯歓会を前にすっかり良くなりました。また、昨年仁木町において中国人殉難者全道慰霊祭が開催されました。長い間欠かさず開催してくれていることに、心から感謝と敬意を表します」と挨拶されました。
来賓として中華人民共和国駐札幌総領事館の孫振勇総領事が挨拶に立ち、最初に「仁木
町における中国人殉難者全道慰霊祭が数十年にわたって欠かさず開催されていることに心から感謝と敬意を称します」と挨拶され、「中国と日本は一衣帯水の関係にあり」「歴史を鏡に未来に活かすことが大事です。最後に今年は戌年、犬は忠誠心が強く家族を大切にします。今年も皆様にとって良い年でありますように」と結ばれました。
孫振勇総領事が余興で布の傘を両手で回しました。
日中友好協会 道連理事会を開催
2月13日、日中友好協会北海道支部連合会の理事会を開催しました。
冒頭、鴫谷節夫会長から、道連顧問の斉藤康治さんのご逝去を報告し「中国革命に参加した山崎幸や斉藤康治の世代が亡くなり、2人の生き証人を失いました」と述べ、また、昨年12月の南京や上海を訪問した内容の報告も行いました。
小川勝美理事長から、前回理事会以降の主な活動の総括と在日華僑団体との交流について報告、また、各支部からの活動報告が行われました。
今後の主な活動について、中国百科検定や4月22日の道連総会の準備。6月24日の仁木町における中国人殉難者全道慰霊祭の開催や9月30日に室蘭で開催される中国人殉難者慰霊の集いについて。9月22日にかでる2・7で開催される太極拳サークル40周年記念表演会についてなど、また、6月の大会に向けて会員や準会員の拡大などについて討議が行われました。
冒頭、鴫谷節夫会長から、道連顧問の斉藤康治さんのご逝去を報告し「中国革命に参加した山崎幸や斉藤康治の世代が亡くなり、2人の生き証人を失いました」と述べ、また、昨年12月の南京や上海を訪問した内容の報告も行いました。
小川勝美理事長から、前回理事会以降の主な活動の総括と在日華僑団体との交流について報告、また、各支部からの活動報告が行われました。
今後の主な活動について、中国百科検定や4月22日の道連総会の準備。6月24日の仁木町における中国人殉難者全道慰霊祭の開催や9月30日に室蘭で開催される中国人殉難者慰霊の集いについて。9月22日にかでる2・7で開催される太極拳サークル40周年記念表演会についてなど、また、6月の大会に向けて会員や準会員の拡大などについて討議が行われました。
第41回紀元節復活反対2・11 道民集会が600人参加で開催
木村草太首都大学東京教授が講演
2月11日(日)、ホテルライフォート札幌において、第41回紀元節復活反対2・11道民集会が600人を超える参加者で開催されました。
主催は、靖国神社国営化阻止道民連絡会議(日中友好協会も加盟団体)です。
主催者を代表して、札幌バブテスト教会の浦瀬祐司さんが「この秋にも憲法改悪案が出されようとしている」と改憲の危機を訴える内容の挨拶をされました。
.首都大学東京の木村草太教授が「憲法の未来」と題して約1時間講演しました。
木村教授は、先ず立憲主義というのは「過去に権力者側がしでかした失敗を憲法で禁止することによって、過去の過ちを繰り返さないようにしようというもの」と述べました。
次に近代国家を三段階に分けてみると、自然世界において絶対強いものが必ず勝つということであれば秩序は安定する。しかし人間社会は弱いものが時には強いものを倒す。万人の万人による闘争、これが第一段階。権力を持ったものが集中管理し秩序を作り出した。これが第二段階。しかし、権力者が権力による横暴、乱用を始めると国民はおびえて生活することになる。この権力の乱用を防ぐ試みが立憲主義である。
国家権力の三大失敗とは何か。「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」とまとめ、憲法はどう規定しているか?。 戦争は第二章で戦争の放棄がうたわれ、人権は第三章で国民の権利を保障している。国民が権利者で国家が義務者である。権力の独裁を許さないために、立法、行政、司法の三権を分立している第十章で最高法規を規定し、憲法違反はやってはいけない。「独裁は許さない」という張り紙を貼ろう。「国会には汚いヤジは飛ばさない」と言うふうに張り紙を貼っていかが」などと参加者の笑いを誘いながら講演しました。
次に憲法改正について話したいと述べ、九六条や六八条について述べ、改正内容は常識的に三つぐらいで、三枚の国民投票になる。自民党の憲法草案なら五〇枚もの投票用紙が必要になるとも述べました。
若い人へのアプローチについて、1、国民の多様性。2、若い人の多忙さを理解する。3、若い人の旧来型の対立構造を理解する。メッセージを届けたい相手に対する研究を怠らない。と述べ、世論調査の専門家やマーケティング専門家などの協力が重要ですと発言しました。
教育無償化と憲法について、維新の政策を取り込み憲法改正に賛成させようとの考えである。憲法をいじらなくても法律と予算で無償化できると述べました。
自衛隊と憲法について、国際法で武力行使はすでに禁止されている。例外的に集団的自衛権がある。安倍首相が憲法九条に自衛隊を書き加えるというのは、現在の自衛隊が違憲だからということになる。歴代の政権が言っていないことである。安倍さんは「深い考えがない」とも述べました。
安保法制と九条改憲について、一項・二項を維持しながら自衛隊を憲法に書き込む?甲案、個別的自衛権までだと、可決で安保法制が違憲になる。乙案の集団的自衛権こみだと、否決で安保法制に国民がノーだとなるなり難しい国民投票になり、大博打になる。と述べるなど幅広い内容の講演でした。
集会は、高教組の菱木淳一が自治体首長への要請文を朗読して提案、満場一致で採択されました。集会宣言案も採択され、最後に、「紀元節復活反対」「憲法改悪反対」を唱和しながら、参加者全員で青いメッセージボードを掲げました。
2月11日(日)、ホテルライフォート札幌において、第41回紀元節復活反対2・11道民集会が600人を超える参加者で開催されました。
主催は、靖国神社国営化阻止道民連絡会議(日中友好協会も加盟団体)です。
主催者を代表して、札幌バブテスト教会の浦瀬祐司さんが「この秋にも憲法改悪案が出されようとしている」と改憲の危機を訴える内容の挨拶をされました。
.首都大学東京の木村草太教授が「憲法の未来」と題して約1時間講演しました。
木村教授は、先ず立憲主義というのは「過去に権力者側がしでかした失敗を憲法で禁止することによって、過去の過ちを繰り返さないようにしようというもの」と述べました。
次に近代国家を三段階に分けてみると、自然世界において絶対強いものが必ず勝つということであれば秩序は安定する。しかし人間社会は弱いものが時には強いものを倒す。万人の万人による闘争、これが第一段階。権力を持ったものが集中管理し秩序を作り出した。これが第二段階。しかし、権力者が権力による横暴、乱用を始めると国民はおびえて生活することになる。この権力の乱用を防ぐ試みが立憲主義である。
国家権力の三大失敗とは何か。「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」とまとめ、憲法はどう規定しているか?。 戦争は第二章で戦争の放棄がうたわれ、人権は第三章で国民の権利を保障している。国民が権利者で国家が義務者である。権力の独裁を許さないために、立法、行政、司法の三権を分立している第十章で最高法規を規定し、憲法違反はやってはいけない。「独裁は許さない」という張り紙を貼ろう。「国会には汚いヤジは飛ばさない」と言うふうに張り紙を貼っていかが」などと参加者の笑いを誘いながら講演しました。
次に憲法改正について話したいと述べ、九六条や六八条について述べ、改正内容は常識的に三つぐらいで、三枚の国民投票になる。自民党の憲法草案なら五〇枚もの投票用紙が必要になるとも述べました。
若い人へのアプローチについて、1、国民の多様性。2、若い人の多忙さを理解する。3、若い人の旧来型の対立構造を理解する。メッセージを届けたい相手に対する研究を怠らない。と述べ、世論調査の専門家やマーケティング専門家などの協力が重要ですと発言しました。
教育無償化と憲法について、維新の政策を取り込み憲法改正に賛成させようとの考えである。憲法をいじらなくても法律と予算で無償化できると述べました。
自衛隊と憲法について、国際法で武力行使はすでに禁止されている。例外的に集団的自衛権がある。安倍首相が憲法九条に自衛隊を書き加えるというのは、現在の自衛隊が違憲だからということになる。歴代の政権が言っていないことである。安倍さんは「深い考えがない」とも述べました。
安保法制と九条改憲について、一項・二項を維持しながら自衛隊を憲法に書き込む?甲案、個別的自衛権までだと、可決で安保法制が違憲になる。乙案の集団的自衛権こみだと、否決で安保法制に国民がノーだとなるなり難しい国民投票になり、大博打になる。と述べるなど幅広い内容の講演でした。
集会は、高教組の菱木淳一が自治体首長への要請文を朗読して提案、満場一致で採択されました。集会宣言案も採択され、最後に、「紀元節復活反対」「憲法改悪反対」を唱和しながら、参加者全員で青いメッセージボードを掲げました。
2018年2月2日金曜日
斉藤康治様がご逝去されました。
1月26日、日中友好協会北海道支部連合会の顧問(元会長・札幌支部理事長)、斉藤康治様がご逝去されました。享年96歳でした。
葬儀は家族葬でしたが、日中友好協会北海道道連から生花を捧げました。
27日のお別れの夕べには、鴫谷節夫道連会長、小川勝美札幌支部理事長、三木ふみよ副理事長が参列し、28日の告別式には影浦貞宏事務局長が参列し、お見送りをしました。
斉藤康治さんは、小樽で板金工をしていた1943年召集され、満州(当時)の陸軍衛生兵として従軍しました。敗戦後、46年9月、北安附近にいた日本人1200人は帰国させるということで列車は南下しました。しかし、途中で東に進み、着いたところは東満の鶴崗炭鉱でした。
中国側から「国共内戦で危険」ということで鶴崗炭鉱で働きました。49年10月1日、新中国が成立。「こうした中で生産を高め、学習に励み、新しい国の主人公としての自覚を高めていく姿を見ることができた。
残留した鶴崗を第二の故郷と思い、新しい生き方をもつことができたことは幸せであったと思っている」と日中友好新聞に書いています。
58年7月、最後の引き揚げ船白山丸で帰国、同船には故山崎幸さんも。59年日中友好協会に加入。89年から道連常任理事、札幌支部理事長等を務め、2013年から道連会長、16年から顧問に就任していました。
葬儀は家族葬でしたが、日中友好協会北海道道連から生花を捧げました。
27日のお別れの夕べには、鴫谷節夫道連会長、小川勝美札幌支部理事長、三木ふみよ副理事長が参列し、28日の告別式には影浦貞宏事務局長が参列し、お見送りをしました。
斉藤康治さんは、小樽で板金工をしていた1943年召集され、満州(当時)の陸軍衛生兵として従軍しました。敗戦後、46年9月、北安附近にいた日本人1200人は帰国させるということで列車は南下しました。しかし、途中で東に進み、着いたところは東満の鶴崗炭鉱でした。
中国側から「国共内戦で危険」ということで鶴崗炭鉱で働きました。49年10月1日、新中国が成立。「こうした中で生産を高め、学習に励み、新しい国の主人公としての自覚を高めていく姿を見ることができた。
残留した鶴崗を第二の故郷と思い、新しい生き方をもつことができたことは幸せであったと思っている」と日中友好新聞に書いています。
58年7月、最後の引き揚げ船白山丸で帰国、同船には故山崎幸さんも。59年日中友好協会に加入。89年から道連常任理事、札幌支部理事長等を務め、2013年から道連会長、16年から顧問に就任していました。
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