2018年10月5日金曜日

追分支部に地震見舞

先の胆振東部地震で日中友好協会追分支部の会員・準会員の皆様が大きな被害を受けました。
 北海道連と小樽支部、札幌支部は、お見舞いを送りました。苫小牧支部は直接届けました。
 早い復興を心から願っております。

「観音さまは、とても待っていた」

「観音さまは、とても待っていた」
  ~天津・在日中国殉難烈士労工記念館、
               7人で参拝~
      日中友好協会北海道連会長 鴫谷 節夫
 【気が付くと5年ぶり】
 今回の天津記念館参拝は4回目です。いつも気になっていながら先のばしにして、今年は2人でも行こうと腹を決めていました。幸い7人の仲間が参加してくださって、立派な参拝団になりました。非常感謝!
 出発間近かになって、過去の参拝を調べてみると第3回は2013年10月です。え!もう5年も経ったの!私は観音さまを納める時、先方に毎年お参りに来るようなことを言ったので、大慌てです。
 【天津への道、気を揉む】
 翌朝バスで出発。道中気を 揉みました。
 2010年観音さまを奉納した時、記念館のセンターに当たる広いホールの正面に安置してもらいました。その後厨子を運んだ時はもちろん、5年前も不動でしたが、2015年の抗日戦争勝利70周年記念改修事業で、観音さまが、納骨館の方に片付けられたのでないかと心配したのでした。
 【観音さまは無事だったが】
 記念館は2階イベント用の広いテラスがありその正面から入ると広いフロアー全部が充実した強制連行問題の展示場になっています。
階段を降りて1階に。広い廊下からガラス越しに納骨館があり、観音さまを安置した立派なホールがあったのです。
 戦勝70周年記念の大改修で、ホールは約半分になり納骨館とともに入り口も分からないように壁面が展示場に代わりました。強制連行された人たちと遺族の闘いと日本の戦後補償裁判、西松・三菱マテリアの和解などで、この展示の必要性はよく理解できました。
 納骨館と慰霊観音ホールは普段公開していないとのことです。
 【奉納10周年を記念して
 参拝ツアーに取組みたい】
  再来年は奉納10周年になります。ぜひ記念参拝ツアーをやりたい。8年前慰霊観音像受入れに尽力された方々は皆引退されていますが、その方々をお招きして、盛大な交流会を持ちたいものです。
 
          天津の在日殉難烈士労工記念館展示場の入り口で

            中国人殉難者慰霊観音像の前で説明の方と
             納骨館の大きな位牌の前で
      天津の旧日本軍の慰安所。2階3階はアパートとして利用されている
        下は抗日戦争記念館前で。その下は、北京の盧溝橋の上で

道連理事会で 三菱マテリアルの和解に基づく「記念碑」の建立を検討

9月11日、日本中国友好協会北海道支部連合会の理事会を開催し、田中貴文弁護士に参加していただき、中国人強制連行の被害者や遺族と三菱マテリアルの和解の内容について改めて説明を受け、北海道における「記念碑」の建立について検討しました。
 その和解内容は、三菱マテリアルが基金を設置し①被害者・遺族に1人当たり10万元を支払う②日本国内に記念碑を建立するため1億円を拠出③被害者や遺族の所在調査に2億円を拠出など、を説明し、道内の三菱マテリアルの事業場は、13か所、強制連行総数3765人、死亡者総数667人、死亡率17・7% 等の資料を示して説明しました。
 三菱マテリアルの社有地を提供して記念碑を建立し、除幕式とその後5年間被害者や遺族を招いて慰霊祭を行うなどとのことです。
 10月には、中国でも具体化に向けて検討に入る予定とのことで、道内に建立する場合、美唄か夕張の三菱マテリアルの事業場跡地になる模様、どちらが良いだろうかとの、事前検討を行いました。
 美唄が、札幌から近く、交通の便も良いのでないか、などの意見が出されました。
 美唄支部も、10月1日、会議を開き、記念碑建立について検討しました。
             田中弁護士も参加した道連理事会

中華人民共和国成立69周年と日中平和友好条約締結40周年盛大に祝賀会を開催

9月27日、札幌パークホテルで、中華人民共和国成立69周年並びに中日平和友好条約締結40周年祝賀レセプションが行われました。
 日本中国友好協会から鴫谷節夫道連会長、小川勝美理事長、影浦貞宏事務局長、札幌支部の三木ふみよ副理事長の4氏が参加しました。

 祝賀レセプションでは、駐札幌総領事館の孫振勇総領事が主催者を代表して挨拶されました。孫総領事は、中国は今「一帯一路」に取組み、大きく発展している姿を述べられました。
 中国からの道内への観光客が多くなり、温泉地だけでなく道内各地の美しい自然などを楽しみにしていますなどとも述べました。また、中国と日本の経済交流は、大きく発展、国交回復時の300倍の貿易額になっていることも話されました。中国と日本は一衣帯水の仲、2000年にわたる交流の歴史があります等と挨拶されました。
 来賓として、横路孝弘元知事や高橋はるみ知事、秋元克広札幌市長などが祝賀の挨拶をされました。
 レセプションでは、日頃交流のある在日華僑の皆さんと挨拶を交わしました。
 舞台では二胡など中国楽器の演奏が行われ、その舞台前で孫振勇総領事とも記念撮影をしている人々が続きました。私たちも総領事を囲んで記念撮影をしました。
 日本中国友好協会北海道支部連合会会長鴫谷節夫名のご祝儀の花籠を舞台横に供えました。
                                 主催者挨拶をされる孫振勇総領事
               鴫谷道連会長の祝賀の供花

                                 影浦、鴫谷、孫総領事、小川、三木の各氏

2018年9月8日土曜日

日中友好協会札幌支部太極拳サークルの40周年祝賀会を盛大に開く

 祝賀会は、ガーデンパレスホテルで行われました。 駐札幌中国総領事館から孫振勇総領事が来賓として参加され祝辞を述べられました。
 また、サークル発足時より毎年来道され、熱心な指導でサークルの基礎を作っていただいた日中友好協会顧問の松田英子先生へ感謝状と記念品を贈呈しました。
          祝辞を述べられる駐札幌中国領事館孫振勇総領事
        松田英子先生に沖田洋子代表から感謝状と記念品を贈呈
              挨拶される松田英子先生

太極拳サークル40周年記念表演会を開催

 秋晴れの9月2日(日)かでる2・7ホールで午後1時から札幌支部太極拳サークルの40周年記念表演会が開かれました。約250名が参加し、そのうち、昼、夜、プラチナ教室から52名のサークル員が12種目を表演しました。
音楽とともに、美しいライトを浴びながら舞台上で表演するのが札幌支部の特徴です。
 第一部は、功夫扇で始まり、四十八式、二十四式、自選、八十八式三十二式剣、プラチナ教室合同の二十四式、昼教室の四十八式と続き、一部の最後には、五種の禽獣を模した気功「五禽戯」をサークル員全員で行いました。観客の皆様も座席で一緒に参加し、なごやかな雰囲気となりました。
 第二部は、夕陽美功夫扇、友情出演してくれた小樽・釧路支部が二十四式、昼夜合同の陳式簡化を挟んで太極拳委員長の高橋清枝氏がゆったりとした伝統楊式二十八式と四十二式剣を模範演舞されました。サークル員全員がそろいの記念Tシャツを着て定位太極拳を行い、賑やかに終了しました。
 来場者の感想は「表演がきれいだった」「いろいろな種目を演じて大したものだ」「長いものを覚えてすごい」などが寄せられました。
                        開会挨拶をする沖田洋子サークル代表

             功夫扇の演技



            楊式を演舞する高橋清枝太極拳委員長
           上は四十二式剣
       下は、定位太極拳 その下は小樽・釧路支部の友情出演

劉連仁生還60周年記念集会 盛大に開催

 8月26日(日)当別町の劉連仁生還碑前で、劉連仁さんの生還60周年を記念した集会が、74人の参加者を得て盛大に開催されました。 日中友好協会と旅システムの共催による「劉連仁さんを偲ぶ当別バスツアー」の参加者は20人でした。札幌から自家用車で来られた方も多数いました。
 記念碑前での集会では、大沢勉「劉連仁生還記念碑を伝える会」会長が、開会の挨拶と劉連仁さんが強制連行から、中国に帰還されるまでの概略を話しました。
 そして、北海道中国会の陶恵栄運営委員長の患者さん(たまたま治療で来日)の娘(丁一依)さん5歳が碑にツアー参加者を代表して献花しました。
 当別町の宮司正毅町長の代理で本庄幸賢教育長が「末永く保存・整備を行っていきます」と挨拶されました。
 日中友好協会を代表して鴫谷節夫道連会長が発見当時の状況を詳しく話しました。

 記念碑を離れる直前、参加された一人の女性が「この丸い石は何を表しているのですか?」それに、鴫谷会長が「劉さんが枕代わりに使用していたものともとれますが、劉さんの孤独な魂の叫びを表しものかもしれません」と答えたのが印象的でした。
                       開会挨拶をされる「劉連仁生還碑を伝える会」の大沢勉会長
         参加者を前に挨拶する鴫谷節夫日中友好協会道連会長

         劉連仁生還碑を囲んで記念写真を撮るツアー参加者
 

           



森越智子さんが講演
 開場を若葉会館に移して、約70人の参加者交流会が開かれました。
 本庄教育長が「当別の各学校図書室に『生きる 劉連仁の物語』を配架したらたくさんのこども達が読んでくれています。私も読みました」と挨拶の中で紹介しました。
 「生きる 劉連仁の物語」の作者、森越智子さん(児童文学作家・日友好協会会員・函館市在住)が、執筆当時を振り返って講演をしました。
 体調の関係から一度は断ったが、東京の出版社から茨木のり子さんの「りゅうりぇんれん物語」という詩集が送られてきて、それを読み心が動かされ、今書かなければと決意した」と述べ、「ありとあらゆる資料を集め、外務省外交資料館で『華人労働者報告書』からコピーを取って調査も行う。その中から、4万人もの強制連行者の中に、15歳以下が157人も、また、78歳の人や11歳の子ども含まれるなど大変な実態が克明に記録してあった」「沼田町の現場や当別町の現場に赴き、関係者の話を聞き取り、原稿が出来上がったが、日中関係が悪化していて発行が延び延びなっている時に、日中友好協会の劉連仁墓参ツアーがあり参加しました。これも本を充実させるうえで貴重でした」などと講演しました。
 また、森越さんの「生きる・」が第62回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選定され、入賞作品52篇のうち「生きる」が27篇も入賞しました。
 森越さんはそれらを紹介しながら、入賞しなかったが感動を呼んだ1篇を朗読して講演を終えました。
 劉連仁生還60周年のスライド上映の後、感想交流の中で、生還碑の前にお住いの木屋路喜一郎さんが、劉さんの発見・保護について第一発見者の袴田清治さんから聞いた時のメモや「かんじき」を集めまわった自らの体験を交え、劉さんの保護に向かった時の話などを詳しく語られました。
 当別町は明治4年、仙台藩岩出山の領主 伊達邦直によって開拓された所。当時のゆかりの品が展示されている資料館と伊達邸別館なども見学しました。

    
            挨拶をされる本庄幸賢当別町教育長
            記念講演をされる森越智子さん
          保護した時の様子を語る91歳の木屋路喜一郎さん
          下は伝える会の役員の皆さん副代表が閉会挨拶