2015年5月11日月曜日

日中友好協会北海道連第49回総会

日本中国友好協会北海道支部連合会
      
      第49回総会を開催
      会長に鴫谷氏、理事長に伊藤氏を選出

5月10日(日)小樽市生涯学習プラザで、日中友好協会北海道支部連合会第49回総会兼北海道ブロック会議を開催しました。
 議長に苫小牧支部の蔦保収氏と室蘭支部の松原剛氏を選任し、道連斎藤康治会長の挨拶と本部の丸山副理事長から北海道ブロック会議への報告を兼ねた挨拶を受けました。
 丸山副理事長は、憲法改悪と「戦争する国づくり」を許さない運動、安倍政権による日米新ガイドラインや「戦争立法」など国のあり方を根本的に変える危険な動きの急速な進行などを詳しく述べ、協会の役割と責任などについて侵略戦争の加害の事実を語り伝えること、憲法改悪、歴史修正主義を許さない不再戦平和活動の提起などを行いました。
また、日中両国の関係改善をめざして、友好交流、文化交流の大切さなどを報告。
 第64回大会に向けて組織財政の強化について報告、この中で、1200人の仲間づくりの目標を引き続き追求することや日中友好新聞の刷新とwebの強化などについて報告しました。

 鴫谷節夫理事長から2014年度活動の総括について、日中不再戦・平和の活動で、第49回中国人殉難者慰霊祭や第4回劉連仁墓参ツアーなどについて報告、また、3月に新聞の浮き部数を解消する減紙を本部に申請したことなどの報告が行われました。
 伊藤貞市事務局長から決算報告、影浦貞宏会計監査から会計監査報告が行われ、本部提起の報告も含めて質疑が行われました。
 北海道が日中友好新聞の浮き部数を解消したことが全国的な減紙に繋がったことや浮きを抱えることの問題点などが質疑で出されました。
 午後に、鴫谷理事長から2015年度の活動方針、第50回中国人殉難者全道慰霊祭に劉煥新、劉利父子を招聘することなどや9月27日午後札幌での「中国百科検定」受験者を広げること、協会の拡大・発展を大いに進めようと提案され、伊藤事務局長から予算案が提案されました。
 この報告を受け、各支部の活動報告や各種の取り組みなどについて発言されました。特に室蘭での「望郷の鐘」の映画会に続いて帯広での開催が決まり、小樽と苫小牧でも開催の検討が行われていることが報告されました。
 小川勝美事務局次長から新年度の役員の提案がされ、全員一致で新役員を承認しました。
 道連会長に鴫谷節夫氏、理事長に伊藤貞市氏、事務局長に小川勝美氏などを選出、各支部からの理事も確認しました。斎藤康治さんは山崎幸さんとともに道連顧問になりました。
 斎藤さんは退任挨拶で「93歳を超え身体に不安を感じるようになり退任させていただきました。長い間有り難うございました」と挨拶しました。
 最後に、参加者全員で記念写真を撮りました。



2015年4月24日金曜日

 望郷の鐘 の試写会が成功

 4月3日、札幌エルプラザホールで、映画「山本滋昭 望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」の有料試写会が、10時30分、14時、18時の3回行われ、330人が入場し成功しました。当日は、北海道議会議員と札幌市議会議員の選挙告示日と重なり、また、1日中強風と雨が降り続く悪天候の中での成功でした。
 3回とも上映前に山田火砂子監督が挨拶に立ち「戦争の映画でなく平和のための映画を作った」と挨拶しました。また、山本滋昭の娘役の上野神楽ちゃん8歳も挨拶しました。
 日中友好協会札幌支部は、会員や準会員の協力を得て、前売り券の普及に務めました。前売り券は95枚普及し、昨年制作協力券を10枚普及していました。
 午後の部の試写会には、中国領事館の総領事夫人趙海藍さんも参加しました。
 4月14日の北海道新聞の「読者の声」欄では「満蒙開拓団 悲劇の思い」の見出しで、渡島管内鹿部町の主婦中東信子さん73歳の投書を掲載しました。
 紹介します。
 
 映画「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」を見た。
 昭和20年5月日本政府から旧満州へ開拓のために送り込まれた長野県住民がいた。ところが3カ月後に終戦。ソ連軍の侵攻で開拓団は逃避行を強いられ、幸い帰国できたのは2割ほどだったという。
 開拓団に同行した長岳寺の住職、山本滋昭さんは、捕らわれてシベリアの抑留された。後に無事帰国できた時、開拓団に参加した人を訪ね、彼らのたどった運命を1冊の本にまとめた。
 また、多くの子どもたちが優しい中国人に育てられいた事実を知り、残留孤児の帰国運動を始めた。 その生涯が山田火砂子監督によって映画になった。
 終戦間近な時に、なぜ満州へ送られたのか?国策とはいえ、住民に戦況の詳細が伝わっていなかったことが悲しい。
 1972年、日中国交正常化後に帰国できた孤児もいたが、戦後70年たった今なお、戦禍の苦悩を引きずっている人たちがいることを私たちは知るべきであり、戦争を語り継ぐべきであると強く思った。 

”精衛填海”を思う

 ”精衛填海”を思う
「この日本、愛すればこそ━新華僑40年の履歴書」を読んで
  道連理事長 鴫谷 節夫
 
 今年の「日中友好協会新年交流会」は殊の外楽しかった。思いがけなく内モンゴルのお酒や紹興酒があって年がいもなく手を出して、いささか酩酊、反省したが手遅れとなった。

 しかしこれとは別に大きな収穫があった。北海道中国会の陶さんに勧められて「この日本、愛すればこそ━新華僑40年の履歴書」(莫邦富著岩波現代文庫)を入手したことである。
 
 私達長年日中友好に携わってきた者には、この思うように行かない日中関係について、つい愚痴が出るものである。
 口には出さないが中国側は一体どうなっているんだという思いも無いではない。
 
 自分の心に問い掛けながらこの本を読んだ。わが心中の思い上がりが隅無く照らし出された。
 日中道連の皆さんにお薦めしたい。日中友好運動に係わる人々の必読書です。

春節を祝う集い

 学友会の集い
 北海道地区中国留学人員友好聯議会(学友会)の2015春節聯歓晩餐会が、2月18日、中国駐札幌総領事館で開かれました。

 滕安軍総領事が、北海道は中国からの留学生が多い地区と紹介しながら、「勉学に励み、この日本で就職したり祖国に帰って活躍したりするでしょうが、中日友好の懸け橋の役割を果たして欲しい」と激励の挨拶をしました。
 
 学友会の王堃壘(おうこんるい)会長が挨拶し、北海道大学などの留学生が、歌や踊り、書などを披露しました。
 
 その後楽しく美味しい晩餐会が始まりますが、日中友好協会札幌支部から参加した小川勝美事務局長と影浦貞宏事務局次長は次の春節の集いに駆け付けるため途中で退席しました。
 留学生担当の張毅領事が領事館の玄関外まで丁重にお見送りに出てくれました。

2015年2月10日火曜日

第2回  新年太極拳交流会

札幌支部太極拳サークルは、1月25日(日)10時より2時間、かでる2・7レクレーション室で、昨年に続き、太極拳交流会を開きました。昼教室、夜教室、プラチナ教室合同で26人が参加し、浦河より太極拳愛好者の一力敏昭ご夫妻ら4人が見学に来られました。
 サークル員がやったことのない種目でも見よう見まねでも全員参加を基本に、練習場いっぱいを使って、のびのびと表演しました。種目は、定位、24式、88式1段・2段、48式、42式総合、陳式、カンフー扇、32式剣の10種目に加え、2人1組の推手の練習も短時間行いました。白やピンクや青の表演服を着ている人も多く、華やいだ雰囲気の中、よい汗をかいた半日でした。
    三木ふみよ本部太極拳委員

中国領事館 滕安軍総領事と新年のご挨拶

斎藤康治日中友好協会北海道連会長・札幌支部理事長と小川勝美札幌支部事務局長は、1月13日、駐札幌中国領事館に滕安軍総領事と曹帥領事を訪ね、新年のご挨拶をしました。

特に、昨年12月で道連結成60周年を迎え、また、今年6月には、中国人殉難者全道慰霊祭が50回目の節目を迎えることを述べ、特段のご支援とご協力をお願いしました。

2015年日中友好協会新年交流会

 日本中国友好協会北海道支部連合会と札幌支部の共催により、1月25日、KKRホテル札幌で、道連結成60周年祝賀会を兼ねて新年交流会を開催しました。
 中国領事館から張毅領事、曹帥領事の2人が参加、在日華僑の皆さんや中国人留学生の皆さんなど多数の来賓と札幌支部、小樽支部、苫小牧支部、室蘭支部の会員の皆さんなど40人が参加しました。

 新年交流会の開会に先立って、新芸能集団乱拍子の4人が獅子舞を演じてくださり、おひねりもあがりました。

斎藤康治道連会長・札幌支部理事長は、開会挨拶で、中国領事館や民主団体などの来賓の皆さんに感謝と御礼を述べ、道連結成60周年、札幌支部再建20周年、中国人殉難者全道慰霊祭が50回目の節目の年で一層のご支援・ご協力をお願いします、と述べました。 

 来賓の皆さんを代表して、田中貴文弁護士からご挨拶をいただきました。強制連行裁判弁護団事務局長の田中弁護士は、日本の裁判では最高裁ですべて敗訴になったが、中国北京でこの3月から裁判が始まることを紹介されました。

 大橋晃勤医協中央病院名誉院長の乾杯の音頭で祝宴に入りました。
 札幌支部の三木ふみよさんが剣を使った太極拳を表演しました。
 来賓の皆さんからテーブルスピーチをいただきました。

 日本共産党札幌市議団の小形香織市議は、昨年の総選挙で躍進したことを報告しながら春の地方選挙でのご支援を訴えました。

 北海道原水協の嶋田千津子事務局長は、広島、長崎被爆70年の今年、4月末にニューヨークの国連本部で「核不拡散条約(NPT)再検討会議」が開かれ、道民の核兵器廃絶の強い要求を携えて参加するすることを明らかにして支援を訴えました。

 日本共産党北海道委員会の小川健次さん、北海道革新懇の小泉孝義事務室次長、北海道華僑華人婦女会の周玉蘭会長は司会者から紹介がありました。

  晋南貿易の曲健三社長は、父は中国人、母は日本人で日中友好のために日本で生まれ育った。最近、雪が多く除雪のことで、会社周辺の住民から苦情があった。その中で「中国へ帰れ」と理不尽なことを言われたことを紹介しました。

 北海道中国会からは3人が参加され、田義之代表は会を作って1周年立ったことを紹介し、第40回の慰霊祭、昨年の慰霊祭にも参加した、今年も参加すると挨拶されました。陶恵栄運営委員長は、莫邦富著「この日本、愛すればこそ❘新華僑40年の履歴書」という本を紹介しました。

 中国語教室の楊志剛先生や中国人留学生学友会から3人が参加しました。
 旅システムの青木さんは6月の当別ツアーを紹介。 道連の鴫谷節夫理事長・小樽支部、苫小牧支部の河野紘事務局長、室蘭支部の松原剛支部長などが支部の活動などを紹介しながら挨拶されました。

 この新年交流会にむけて、札幌支部の影浦貞宏事務局次長が、事務所の古い資料や新聞綴りなどからA4判9頁の「北海道における日本中国友好運動60年略史」を作成。1952年内山完三(日本中国友好協会理事長)氏が道内12ケ所で日本中国友好協会の役割と設立について講演、組織づくりを始めたことから書き出し、今年1月13日、斎藤康治会長と小川勝美札幌支部事務局長が中国領事館に滕安軍総領事を訪ね、新年のご挨拶を行ったまでが記載されています。参加者全員にこの略史を配布しました。

 中国語教室の楊志剛先生が立派なアコーデオンで素晴らしい演奏を行ってくださいました。

 また、うたごえの黒沢薫さんが、アコーデオンを演奏しながら「しあわせのうた」を歌ってくれました。また、黒沢さんは、楊先生が左手のボタンキーでメロデーを演奏されたことを高く評価され、アコーデオン自体も立派ですと褒めました。

 中国領事館の滕安軍総領事から、新年交流会参加者皆さんで飲んでくださいと、瓶の紹興酒2本と甕の紹興酒1甕、また、これも領事館から楊先生がいただいた、モンゴル自治区療通市人民政府接待専用酒1本、計4本を、参加者みんなで美味しくいただきました。
 今年も全員で「東京・北京」を大合唱しました。
 最後に、参加者全員で記念撮影を行いました。