2019年1月11日金曜日

「日本は中国でなにをしたのか」

思想も心情も超えてお勧めしたい本
「日本は中国でなにをしたのか」

 笠原十九司教授概説・監修の日中友好ブックレット3、この本は、読んで決して気持ちの良い本ではありません。むしろ、どのページを開いても胸が息苦しくなる本です。しかし日本人として決して目をそむけてはならない内容です。
 私はこれからお読みになる方のために、あえて内容を語りません。ただ1ページ目のプロローグだけをかいつまんで紹介します。以下抜粋。
 昭和天皇の弟、三笠宮崇仁親王が、騎兵聯隊で教育を担当し精神訓話をする際「日本軍の行う戦争は正義の戦いであると部下に教えていました。1943年1月、私は支那派遣軍参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任しました。そして1年間在勤しましたが、その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました。
 陸士時代の同級生の青年将校から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突き刺せるにかぎると聞きました」。
 これは三笠宮殿下が書かれた「古代オリエント史と私」に書かれた一節です。醜いものから一切遠ざけられて育った殿下にとって、これほどのショックはなかったでしょう。
 これからは私の勝手な推測ですが、このことは当然甥の平成天皇に話され、ご自身も戦争の惨禍を歩かれて「二度と戦争はすべきでない」。それが先の天皇誕生日のお言葉に、幾度となく平和と象徴を繰り返されたことに表れていたのでなかろうか。
天皇が靖国神社にA級戦犯が合祀されてからというもの、一度も参拝されたことがないのは、そうしたことがあってのことかもしれません。
 本体価格600円です。 是非購入をお勧めします。
      事務局長 影浦貞宏
           

第6回中国百科検定

第6回中国百科検定

 3月21日(木・春分の日)
         15:00~
  札幌会場   かでる2・7
 申込み受付中2月21日まで

 多数の皆さんの受験を
     お待ちしています。

新年交流会に 多数の参加を 

 日中友好協会の新年交流会が、1月27日(日)正午からネストホテル札幌駅前で開催いたします。
 長年利用してきましたKKRホテル札幌が閉館になり、昨年から会場をネストホテル札幌駅前に変更しています。
 札幌時計台の横の中通を北2条に進み、西向きにホテルがあります。
 昨年は、駐札幌総領事館から、孫振勇総領事が参加されました。
 また、在日華僑の皆さんも多数参加されます。中国人留学生の皆さんも参加されます。
 全道の日中友好協会の各支部の代表の方々も参加されます。
 友好交流を一層前進させる重要な機会です。
 会員・準会員の皆様、ご家族などお誘いあわせて多数のご参加をお願いいたします。
 最初に、記念写真を撮ります。遅れずに参加をよろしくお願いします。

     
                                   昨年の新年交流会 

     日中友好協会新年交流会

  日 時  2019年1月27日(日)12:00~
  ところ   ネストホテル札幌駅前(中央区北2西2-9
                    中道西向き)
  会 費    5,000円  中国領事館から領事の参加を予定、                                                   18年は孫振勇総領事が参加しました。
  1月21日までにお申し込み願います。
   道連と札幌支部の共催       ☎011-814-8658
   12時から参加者全員で記念撮影、帰りにお写真を配布します。

いっせい地方選挙と 参議院選挙での前進を

      いっせい地方選挙と参議院選挙での前進を
            日本中国友好協会札幌支部理事長 小川勝美

 日本中国友好協会の会員・準会員の皆様、太極拳サークルや中国語教室にご参加の皆様、新年あけましておめでとうございます。
 昨年は第53回中国人殉難者全道慰霊祭や太極拳サークル40周年記念表演会を皆様のご参加で成功させることが出来ました。
 中国への平和の旅も、9月の天津烈士陵園や盧溝橋の抗日戦争記念館などの旅と11月に南京虐殺記念館への旅と2回行うことが出来ました。
 今年はいっせい地方選挙と参議院選挙が行われます。平和・民主勢力の前進で改憲勢力に3分の2を与えない選挙にしようではありませんか。
 今年も皆さんの参加で第54回中国人殉難者全道慰霊祭を成功させるとともに皆様のご希望を聞きながら中国への平和の旅も取り組んでまいります。
 3月21日には、第6回中国百科検定が行われます。札幌会場は、かでる2・7で開催します。すでに申し込みを受け付けています。多数の受験をお待ちしています。
 また、太極拳サークルや中国語教室への参加をお願いいたします。
 年末には会費の納入時に多数の方から募金をお寄せいただきました。
 日中友好協会のカレンダーも会員のご協力で完売することが出来ました。
 心から感謝申し上げます。
 しかし、残念ながら会員・準会員の高齢化等で札幌支部は減少傾向にあります。皆様のご協力で会員・準会員の拡大に取り組んでまいりますのよろしくお願いいたします。

2018年12月11日火曜日

南京見て歩き      影浦 貞宏

 【一度は行ってみたかった南京】
 11月22日から25日の3泊4日、日中友好協会と(株)旅システム企画の「中国歴史と文化の旅 南京」に夫婦で参加しました。旅システムの青木久美子さんを含めて8人のコンパクトな旅でした。
 南京は人口800万人。日本と時差は1時間。
 明の初代皇帝朱元璋が全国から石工を集め、ブロック大の石を高さ約30m全長33・67㎞(ちなみに東京の山手線は34・5㎞)に積み上げて造った城壁が、町の中心を取り巻いています。
 2日目、私にとって一番の目的地である「侵華日軍南京屠殺遇難同胞記念館」を訪問しました。南京市の南西にあって、揚子江から数キロ離れた土地の一部を発掘、あるいは切り取って、その上に建てられた記念館です。
 展示物切替えのため1か月の休館のところ、添乗員の王さんが「日本の北海道から来た」と交渉して頂き、特別にしかも無料で中に入れてくれてました。瀋陽市からわざわざ来てくれた旅行会社の張さんが「本当に見てほしいのは貴方達ではありません」と言ったのが印象的でした。
 老若男女の白骨死体が累々と何層にもなっておりその数は分かりません。息をのむ光景でした。「これはほんの一部です」との王さんの説明に「それではその周辺で建物を建てると、遺骸がたくさんでて来るのではありませんか?その時はどうするのでしょう」すると押し黙るようにしてから「建築業者も仕事が遅れるので・・・」
 私はそれ以上のことは聞けませんでした。
 3日目、南京民間抗日戦争博物館(呉先斌さんが私財で開館)を訪問。呉さんは出張を取りやめて迎えてくれました。戦時中の銃や銃剣、ヘルメット戦死者の氏名や遺影などが展示され、日中戦争関連蔵書は4万部に及ぶと言っていました。持参した「日本は中国でなにをしたか」を贈呈しました。

   南京慰安婦旧趾を見学
 南京慰安婦旧趾は、木造二階建の長い建物が 5棟並んでいました。
  入り口に帳場が設置され大福帳のような物が置かれていました。
 名前と所属部隊が書き込まれ、そして料金を払うとコンドームが渡されました。それは女性達のためではなく、兵隊達を性病から守るためだったのです。
 3畳くらいで部屋の窓には逃亡を防ぐための格子が掛けられていました。

                                  南京大虐殺記念館を見学
南京慰安婦旧趾陳列館を見学

会員・準会員の拡大と 年末募金にご協力を

会員・準会員の拡大と年末募金にご協力を    札幌支部理事長 小川勝美


会員・準会員の皆様、日頃日中友好協会の活動にご支援・ご協力をいただき誠にありがとうございます。
 皆様のご支援・ご協力にもかかわらず、会員・準会員の拡大より、高齢化などを理由に減少の方が上回る状態が続いています。
 減少傾向に歯止めをかけ、会員・準会員の拡大を図り、日中不再戦友好運動を前進させるとともに、安倍政権の憲法九条改悪を許さない闘いを大きく前進させなければなりません。
 会員・準会員を是非一人増やしてください。お願いします
 少数者だけが拡大に取り組んでも前進は、おぼつきません。お力をお貸しください。よろしくお願いします。
 会員・準会員の減少は、支部財政の悪化につながります。加えて、カレンダーの送料が300円が500円になるなど郵便料金の値上げがさらに支部財政を圧迫してきています。これらの困難も会員・準会員の皆様のご協力で打開していかなければなりません。年末募金にも特段のご支援・ご協力をお願いいたします。
 今年も間もなく終わりますが、来年は地方選挙と参議院選挙の年です。
 日中友好協会も全力をあげて奮闘し、安倍政権の九条改悪に歯止めをかける闘いにしたいものです。
 力を合わせて良い年にしていこうではありませんか。
 来年が、会員・準会員の皆様にとりまして良い年になりますようご祈念いたします。

2018年11月2日金曜日

山田火砂子監督の「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」と「母 小林多喜二の母の物語」を上映

          山田監督と小貫雅夫さんとの対談も
 10月19日札幌エルプラザホールで、山田火砂子監督の映画、「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」は午前に、午後からは「母 小林多喜二の母の物語」の上映会が行われました。
 現代ぷろだくしょんが中心で、日本中国友好協会札幌支部は窓口としての役割を果たしました。
 それぞれ、固定席がほぼいっぱいの参加者でした。
 それぞれの映画の上映に先立ち、山田火砂子監督が挨拶しました。また、山田監督は新しく「日本初の女医❘荻野吟子の生涯」を映画化しようとしていることを紹介し、製作協力券への特段の協力を呼びかけました。
 18日にはこの「荻野吟子の生涯」の映画化について函館で記者会見を行い、翌日の新聞に大きく報道されました。
 2015年の望郷の鐘の上映後に、札幌プラザなどで「ソ満国境❘15歳の夏」が上映されました、この映画になった15歳の夏を体験した、小貫雅夫さんと満蒙開拓団の落日の山田火砂子監督が、「望郷の鐘」と「母」の合間を利用し当初の予定時間を超えて対談しました。
 山田監督はこれまでに日本で初の孤児院を作った福祉の元祖といわれる石井十次の生涯を描いた「石井のとうさんありがとう」や障害児教育に生涯を捧げた石井亮一・筆子を描いた「筆子 その愛」など弱者や障害者、女性の地位向上と権利獲得のための作品を数多く世に送り出しています。
 一方、小貫雅夫さんは、1938年満州新京(今の長春)に移り、新京第1中学校3年の45年5月、ソ満国境東寧の報国農場へ勤労動員されました。後で分かったことですが手薄になった国境守備の囮兵の役割も負わされたようです。
 8月9日のソ連侵攻が始まり、関東軍などの兵士たちは「戦争が始まったぞ❘」と言って我先に逃走しました。
 小貫さんや満蒙開拓団の皆さんはそんな中、必死の逃避行をされていたのです。
満蒙開拓の人々も「途中で歩けなくなった子どもをやむなく養子として中国人夫妻に託し、ようやく汽車に乗れた時にも、ブラインドを下げろと命令されました。
 山田監督もおっしゃいました。東京でも大空襲跡を見せないためにブラインドを下ろさせたと。お二人は心から戦争に怒っていました。
 小貫さんは、戦後、北海道大学文学部哲学科を卒業、牧師となりました(日本聖公会・北海道教区司祭)。
 札幌市中央区で教会の牧師をされています。
 小貫さんは以前旭川で牧師をされていた時、三浦綾子さんと親交があり、「母」の本に三浦綾子さんのサインをいただくなど三浦綾子さんご夫妻とお知り合いだったそうです。ここでもお二人の不思議な縁を感じました。
 今、山田火砂子監督は、88歳になられて尚元気に映画製作に取り組んでいます。
 次回作は、日本で初めて女性医師になり、寒村で医療と婦人解放に人生を捧げた女性を描いた映画「荻野吟子の生涯 」です。12月中に俳優を決め、来年4月5月にせたな町や札幌市でもロケを行い、8月の公開を目指します。
 札幌支部に製作協力券があります。
       映画「望郷の鐘」と「母」の上映前に山田火砂子監督がそれぞれ挨拶
        映画上映の間の休憩中に対談する山田火砂子監督と小貫雅夫さん
    ソ連軍侵攻後、ソ満国境から逃げ惑うことなどについて地図を広げて語り合う
        対談を終えた山田火砂子監督と大貫雅夫さんと影浦事務局長
           小貫雅夫さんがインタビューを受けた新聞記事