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2018年11月2日金曜日

山田火砂子監督の「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」と「母 小林多喜二の母の物語」を上映

          山田監督と小貫雅夫さんとの対談も
 10月19日札幌エルプラザホールで、山田火砂子監督の映画、「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」は午前に、午後からは「母 小林多喜二の母の物語」の上映会が行われました。
 現代ぷろだくしょんが中心で、日本中国友好協会札幌支部は窓口としての役割を果たしました。
 それぞれ、固定席がほぼいっぱいの参加者でした。
 それぞれの映画の上映に先立ち、山田火砂子監督が挨拶しました。また、山田監督は新しく「日本初の女医❘荻野吟子の生涯」を映画化しようとしていることを紹介し、製作協力券への特段の協力を呼びかけました。
 18日にはこの「荻野吟子の生涯」の映画化について函館で記者会見を行い、翌日の新聞に大きく報道されました。
 2015年の望郷の鐘の上映後に、札幌プラザなどで「ソ満国境❘15歳の夏」が上映されました、この映画になった15歳の夏を体験した、小貫雅夫さんと満蒙開拓団の落日の山田火砂子監督が、「望郷の鐘」と「母」の合間を利用し当初の予定時間を超えて対談しました。
 山田監督はこれまでに日本で初の孤児院を作った福祉の元祖といわれる石井十次の生涯を描いた「石井のとうさんありがとう」や障害児教育に生涯を捧げた石井亮一・筆子を描いた「筆子 その愛」など弱者や障害者、女性の地位向上と権利獲得のための作品を数多く世に送り出しています。
 一方、小貫雅夫さんは、1938年満州新京(今の長春)に移り、新京第1中学校3年の45年5月、ソ満国境東寧の報国農場へ勤労動員されました。後で分かったことですが手薄になった国境守備の囮兵の役割も負わされたようです。
 8月9日のソ連侵攻が始まり、関東軍などの兵士たちは「戦争が始まったぞ❘」と言って我先に逃走しました。
 小貫さんや満蒙開拓団の皆さんはそんな中、必死の逃避行をされていたのです。
満蒙開拓の人々も「途中で歩けなくなった子どもをやむなく養子として中国人夫妻に託し、ようやく汽車に乗れた時にも、ブラインドを下げろと命令されました。
 山田監督もおっしゃいました。東京でも大空襲跡を見せないためにブラインドを下ろさせたと。お二人は心から戦争に怒っていました。
 小貫さんは、戦後、北海道大学文学部哲学科を卒業、牧師となりました(日本聖公会・北海道教区司祭)。
 札幌市中央区で教会の牧師をされています。
 小貫さんは以前旭川で牧師をされていた時、三浦綾子さんと親交があり、「母」の本に三浦綾子さんのサインをいただくなど三浦綾子さんご夫妻とお知り合いだったそうです。ここでもお二人の不思議な縁を感じました。
 今、山田火砂子監督は、88歳になられて尚元気に映画製作に取り組んでいます。
 次回作は、日本で初めて女性医師になり、寒村で医療と婦人解放に人生を捧げた女性を描いた映画「荻野吟子の生涯 」です。12月中に俳優を決め、来年4月5月にせたな町や札幌市でもロケを行い、8月の公開を目指します。
 札幌支部に製作協力券があります。
       映画「望郷の鐘」と「母」の上映前に山田火砂子監督がそれぞれ挨拶
        映画上映の間の休憩中に対談する山田火砂子監督と小貫雅夫さん
    ソ連軍侵攻後、ソ満国境から逃げ惑うことなどについて地図を広げて語り合う
        対談を終えた山田火砂子監督と大貫雅夫さんと影浦事務局長
           小貫雅夫さんがインタビューを受けた新聞記事

2018年10月12日金曜日

室蘭で 第26回10・9中国人殉難烈士 慰霊の集い

第26回10・9中国人殉難烈士慰霊の集いは、台風24号の接近による降雨のため、慰霊碑前から、室蘭市中小企業センター3階大会議室に移して開催され、66人が参加しましました。
 開会して、参列者全員で 、犠牲になられた中国人殉難烈士に黙とうをささげました。
 実行員会の松原剛代表が主催者挨拶をされ、10・9慰霊の集いの経緯や中国人強制連行問題などについて報告し、日中不再戦・友好のため努力してまいりますなどと述べました。
 来賓挨拶に立った中華人民共和国駐札幌総領事館の孔多孜(コンドス)・玉素甫(ユスフ)副総領事が「残酷な歴史」などと述べ、強制連行犠牲者の追悼の言葉を述べられました。
 室蘭工業大学中国人留学生交友会の劉彦博会長は「残酷な歴史に気が重いです。このような慰霊の集いが開催されていることに平和への意欲が感じられます。帰国したら友人たちに伝え中国と日本の友情を守ります」などと挨拶しました。
 鴫谷節夫中国人全道慰霊祭事務局長(日中友好協会道連会長)は「25日中国から帰国しました」と述べ、天津の「在日殉難烈士・労工記念館」を訪れ、慰霊観音像を参拝してきたことなどに触れ挨拶しました。
 室蘭市長や市議会議長、日中友好協会本部の大村新一朗会長などのメッセージが紹介され、追悼の合唱曲「砂に消えた人々~中国殉難烈士を悼む~」の歌詞の朗読が合唱団あすなろのメンバーによって行われました。
 札幌支部の三木ふみよさんの慰霊太極拳の表演が行われ、慰霊の集いは終了しました。
    
       懇談会を開催
 引き続いて、同じ会場で懇談会が開催され、松原代表が「室蘭における中国人強制連行と慰霊・遺骨送還運動」について、栞の資料に基づいて報告。また、「中国人犠牲者の遺骨発掘時(1954年10月9日)の記録」のDVDを視聴。
 3年前から室蘭の中国人強制連行問題を調査し、慰霊の集いを取材してきた伊達高校放送局の「テレビドキュメント」作品2本のDVDを視聴し、顧問の先生や放送局の生徒さんの報告・挨拶が行われました。
 このDVDには、長年、室蘭の強制連行問題を調査し、慰霊の集いの実行委員を務めてきた、上野志郎さんが高校生の取材を受けて発言している映像が多くあります。
 このテレビドキュメントは、昨年の北星学園大学映像祭で、銀賞を受賞されたことも質問に答えて報告されました。
   
             主催者挨拶をする松原剛代表
             祭壇に献花する鴫谷節夫道連会長
                                   下は合掌する鴫谷節夫道連会長                         
 来賓挨拶をされる中国駐札幌総領事館の孔多孜・玉素甫(コンドス・ユスフ)副総領事
            挨拶する室蘭工業大学の劉彦博交友会会長
            挨拶する鴫谷節夫道連会長
                    
          DVDについて報告する伊達高校放送局顧問の先生
              挨拶する伊達高校放送局局長
            質問などに答えて発言する鴫谷さん

2018年10月5日金曜日

「望郷の鐘」と 「母」の上映会

「望郷の鐘」と
「母」の上映会
 10月19日 10:30~
 札幌エルプラザホール
 山田火砂子監督が挨拶

2015年に試写会や上映が行われた「望郷の鐘・満蒙開拓団の落日」と「母・小林多喜二の母の物語」の2本の映画会を、札幌駅北口の札幌エルプラザホールで、午前10時半から「望郷の鐘」の上映。午後2時から「母」の上映を行います 。
 前売り券は日中友好協会と大丸プレイガイドにあります。前売り券は、望郷の鐘も母もそれぞれ1200円、当日券1500円です。
 日中友好協会札幌支部  電話  011(814)8658

追分支部に地震見舞

先の胆振東部地震で日中友好協会追分支部の会員・準会員の皆様が大きな被害を受けました。
 北海道連と小樽支部、札幌支部は、お見舞いを送りました。苫小牧支部は直接届けました。
 早い復興を心から願っております。

「観音さまは、とても待っていた」

「観音さまは、とても待っていた」
  ~天津・在日中国殉難烈士労工記念館、
               7人で参拝~
      日中友好協会北海道連会長 鴫谷 節夫
 【気が付くと5年ぶり】
 今回の天津記念館参拝は4回目です。いつも気になっていながら先のばしにして、今年は2人でも行こうと腹を決めていました。幸い7人の仲間が参加してくださって、立派な参拝団になりました。非常感謝!
 出発間近かになって、過去の参拝を調べてみると第3回は2013年10月です。え!もう5年も経ったの!私は観音さまを納める時、先方に毎年お参りに来るようなことを言ったので、大慌てです。
 【天津への道、気を揉む】
 翌朝バスで出発。道中気を 揉みました。
 2010年観音さまを奉納した時、記念館のセンターに当たる広いホールの正面に安置してもらいました。その後厨子を運んだ時はもちろん、5年前も不動でしたが、2015年の抗日戦争勝利70周年記念改修事業で、観音さまが、納骨館の方に片付けられたのでないかと心配したのでした。
 【観音さまは無事だったが】
 記念館は2階イベント用の広いテラスがありその正面から入ると広いフロアー全部が充実した強制連行問題の展示場になっています。
階段を降りて1階に。広い廊下からガラス越しに納骨館があり、観音さまを安置した立派なホールがあったのです。
 戦勝70周年記念の大改修で、ホールは約半分になり納骨館とともに入り口も分からないように壁面が展示場に代わりました。強制連行された人たちと遺族の闘いと日本の戦後補償裁判、西松・三菱マテリアの和解などで、この展示の必要性はよく理解できました。
 納骨館と慰霊観音ホールは普段公開していないとのことです。
 【奉納10周年を記念して
 参拝ツアーに取組みたい】
  再来年は奉納10周年になります。ぜひ記念参拝ツアーをやりたい。8年前慰霊観音像受入れに尽力された方々は皆引退されていますが、その方々をお招きして、盛大な交流会を持ちたいものです。
 
          天津の在日殉難烈士労工記念館展示場の入り口で

            中国人殉難者慰霊観音像の前で説明の方と
             納骨館の大きな位牌の前で
      天津の旧日本軍の慰安所。2階3階はアパートとして利用されている
        下は抗日戦争記念館前で。その下は、北京の盧溝橋の上で

道連理事会で 三菱マテリアルの和解に基づく「記念碑」の建立を検討

9月11日、日本中国友好協会北海道支部連合会の理事会を開催し、田中貴文弁護士に参加していただき、中国人強制連行の被害者や遺族と三菱マテリアルの和解の内容について改めて説明を受け、北海道における「記念碑」の建立について検討しました。
 その和解内容は、三菱マテリアルが基金を設置し①被害者・遺族に1人当たり10万元を支払う②日本国内に記念碑を建立するため1億円を拠出③被害者や遺族の所在調査に2億円を拠出など、を説明し、道内の三菱マテリアルの事業場は、13か所、強制連行総数3765人、死亡者総数667人、死亡率17・7% 等の資料を示して説明しました。
 三菱マテリアルの社有地を提供して記念碑を建立し、除幕式とその後5年間被害者や遺族を招いて慰霊祭を行うなどとのことです。
 10月には、中国でも具体化に向けて検討に入る予定とのことで、道内に建立する場合、美唄か夕張の三菱マテリアルの事業場跡地になる模様、どちらが良いだろうかとの、事前検討を行いました。
 美唄が、札幌から近く、交通の便も良いのでないか、などの意見が出されました。
 美唄支部も、10月1日、会議を開き、記念碑建立について検討しました。
             田中弁護士も参加した道連理事会

中華人民共和国成立69周年と日中平和友好条約締結40周年盛大に祝賀会を開催

9月27日、札幌パークホテルで、中華人民共和国成立69周年並びに中日平和友好条約締結40周年祝賀レセプションが行われました。
 日本中国友好協会から鴫谷節夫道連会長、小川勝美理事長、影浦貞宏事務局長、札幌支部の三木ふみよ副理事長の4氏が参加しました。

 祝賀レセプションでは、駐札幌総領事館の孫振勇総領事が主催者を代表して挨拶されました。孫総領事は、中国は今「一帯一路」に取組み、大きく発展している姿を述べられました。
 中国からの道内への観光客が多くなり、温泉地だけでなく道内各地の美しい自然などを楽しみにしていますなどとも述べました。また、中国と日本の経済交流は、大きく発展、国交回復時の300倍の貿易額になっていることも話されました。中国と日本は一衣帯水の仲、2000年にわたる交流の歴史があります等と挨拶されました。
 来賓として、横路孝弘元知事や高橋はるみ知事、秋元克広札幌市長などが祝賀の挨拶をされました。
 レセプションでは、日頃交流のある在日華僑の皆さんと挨拶を交わしました。
 舞台では二胡など中国楽器の演奏が行われ、その舞台前で孫振勇総領事とも記念撮影をしている人々が続きました。私たちも総領事を囲んで記念撮影をしました。
 日本中国友好協会北海道支部連合会会長鴫谷節夫名のご祝儀の花籠を舞台横に供えました。
                                 主催者挨拶をされる孫振勇総領事
               鴫谷道連会長の祝賀の供花

                                 影浦、鴫谷、孫総領事、小川、三木の各氏