2023年7月24日月曜日

日本中国友好協会北海道支部連合会連総会を 事務所とオンラインで開催

                   道連総会を事務所とオンラインで開催


  日中友好協会北海道支部連合会の総会を、7月6日、事務所で参加する方とオンラインで参加するハイブリッドで開催しました。

 事務所には、鴫谷節夫道連会長、小川勝美理事長、影浦貞宏事務局長、室蘭支部の松原剛支部長が参加しました。

 オンラインでは、苫小牧支部の伊藤貞市苫小牧支部長と川山博久事務局長、釧路支部の原聰釧路支部長が参加しました。

 鴫谷会長の挨拶。小川勝美理事長の昨年度の活動の纏めと今年度の活動方針決算と予算案の提案、鴫谷会長から役員案の提案後、討議が行われ原案どうり採択されました。 

 4月に苫小牧支部の事務局長に選出された川山博久さんが自己紹介を行いました。

       鴫谷会長と影浦事務局長、奥は小川理事長と松原室蘭支部長
            自己紹介をする川山博久事務局長

             発言する伊藤貞市苫小牧支部長

 第38回 7・7平和集会

  第38回 7・7平和集会            120人をこえる参加者


  日中戦争の発端 

 盧溝橋事件(1937年7月7日)から86年 


 「戦争と平和」

 ~私たちが学び、次世代に伝えるために~

 

 と題して、7月7日、かでる2・7の大会議室で、第38回 7・7平和集会が開催されました。

 日中友好協会札幌支部をはじめ、平和団体、宗教者団体など、33団体が参加する実行委員会が主催しました。

 今年の講師は、飯塚正樹氏(北海道高等学校教職員組合 中央執行委員長)。

 講演の題は、「今こそ 憲法学習に、政治教育、歴史教育を」でした。

 参加者は120人をこえました。

 司会は、浦瀬佑司(靖国神社国営化阻止キリスト者グループ)さん。

 開会あいさつ・講師紹介を実行委員長の今橋直弁護士(青年法律家協会)が行い、「若い人たちに、憲法や平和の大切さを私たちが伝えるうえで、参考になる講演をと考え、高教組の飯塚先生にお願いしました。飯塚先生は、江別高校定時制の現場で直接、平和や憲法などの教育に当たられている方です」と紹介しました。

 飯塚先生は、自己紹介で、釧路西高校を振り出しに、道内の各校で教鞭をとり、その後、高教組の専従役員を務め、2011年の春に、江別高校定時制の教員になり3年生の担任になりました。

 2016年度から憲法学習を基礎とした政治教育に取組み、4年生の「政治・経済」から。ちょうど「18歳選挙権」元年、7月に参議院選挙があり、4年生は全員有権者、と述べ、1,政治・経済の年間学習計画を立て、2、選挙について、3、「労働」を軸に「政治・経済」を学ぶ、4,「税金の集め方、税金の使い方」の授業、5、4年生学年末の答案」より、6、歴史学習においても「憲法学習」の支店を、7、2022年「ウクライナ危機」をめぐって、9,「安保三文書」をめぐって、など、生徒の感想をはじめ豊富な資料(生徒会機関誌「小波」への教職員から卒業生に贈る言葉)を使った講演をしました。

 質疑応答・デスカッションの司会を本庄十喜(日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会)先生が務め、数人の方々が発言し、飯塚先生が丁寧に答えていました。

 集会決議の提案を、西千津(カトリック札幌教区 正義と平和協議会)さんが行い、参加者全員の拍手で確認しました。

                                                  西千津さん
            本庄十喜北海道教育大学札幌校准教授
                 飯塚正樹先生
                 今橋直弁護士
                  深瀬佑司さん


2023年6月13日火曜日

 慰霊祭会場行き貸し切りバスのご案内

  慰霊祭会場行き貸し切りバスのご案内

 まだコロナ禍の影響があるために、会場の参列者数に制限があります。
 従って、貸し切りバスも27人乗りの小型です。
 今年も交流会を開催しません。会場での昼食もありません。
 札幌からバスに乗車される方は、事前に事務所に電話かFAⅩをお願いします。
 また、帰りは、会場から移動して慰霊碑を参拝します。
 サクランボの売店とニッカウヰスキーに立ち寄る計画です。


札幌の集合場所と時刻

 場所 札幌テレビ塔北側 旧NHK前

 時刻    11時30分集合
         40分出発
 
   昼食は済ませてから乗車願います。

 札幌支部電話FAⅩ兼用 011-814-8658

      参加費  1,000円

「日中不再戦友好碑」再建?  劉連仁さんの思い出(25)  日本中国友好協会北海道連 会長 鴫谷 節夫

 「日中不再戦友好碑」再建?

    劉連仁さんの思い出(25) 

       日本中国友好協会北海道連 会長 鴫谷 節夫


    再建と聞いて、不審に思う人もいるかも知れないで、この点についても述べて置きます。


 「テラゾウ(人工

  大理石)の張り物」


 烈士園の中心となる「友好碑」は本来半世紀ぐらいはびくともしないものであるべきです。他の石碑をみると多くは御影石が使われています。

 ところが「友好碑」は、高さ3メートルの内部はコンクリートで、四面に人造大理石の一枚ものの板を張り付けた物だったのです。なぜそうなったのか、私は何も聞かされていませんが、田浦さんが自慢げにテラゾウだと言っていたのを覚えています。

  

「なぜそれになったのか」


 これは私の全くの推測ですが、石材店の売り込みと御影石に比べて格段に安かったからではないかと思っています。テラゾウは学校の玄関などに使われていて、かなり長持ちするものですが、3メートルを越える石柱として使われたものは見たことがありません。

 碑面の耐久力があっても柱の中のコンクリートとの接着力の不足が決定的な弱点となって、第10回慰霊祭を過ぎるころか、碑面が膨らみ始めました。隙間に接着剤を詰め込んで凌ぎましたが、隙間はだんだん大きくなりました。      (つづく)

    昨年の中国人殉難者全道慰霊祭に参加した中国人中国人留学生が日中友好不再戦碑を訪問

日本中国友好協会第72回大会   会場とオンラインで開催    北海道から6人が参加

 日本中国友好協会第72回大会

  会場とオンラインで開催

   北海道から6人が参加


 6月4日、日本中国友好協会の第72大会が、東京の会場と全国の代議員・評議員・役員をオンラインで結んで開催され、全国から約170人が参加しました 北海道から代議員で鴫谷節夫会長と苫小牧支部の川山博久事務局長が、評議員は伊藤貞市苫小牧支部長、原聰釧路支部長、道連の影浦貞宏事務局長が、役員として小川勝美道連理事長がそれぞれオンラインで参加しました。

 苫小牧支部伊藤貞市

    支部長が発言

 

 伊藤支部長は、3月に事務局長と理事の2人が退会したため、支部総会を開催し、会員に新しい会員を増やすことを呼びかけるとともに新しい役員を選出して、3人の新しい会員を迎えて大会に参加していること、中国人殉難者全道慰霊祭に札幌支部と貸し切りバスを手配して参加すなど積極的な活動について発言しました。

第58回中国人殉難者全道慰霊祭のご案内

 第58回中国人殉難者全道慰霊祭のご案内

 2023年6月25日(日)午後1時30分~ 仁木町町民センター


慰霊祭募金のお願い


 第58回中国人殉難者全道慰霊祭は、日中友好協会の会員、準会員、太極拳サークルや中国語教室の皆さん、そして平和・民主団体など幅広い分野の皆様の募金で賄われています。

 皆様の積極的なご支援・ご協力をお願いいたします。

 なお、当日参列されます皆様は、午後1時30分開式でありますので、5人の住職様の入場前の1時20分には着席されますようお願いします。

 小型バスですが、貸し切りバスを用意します。2面を御覧ください。

募金の送金先 〇ゆうちょ銀行
〇記号 19000 〇番号 39585911
〇名義 日本中国友好協会札幌支部
事務所の電話 011-814-8658  FAⅩも

2023年6月2日金曜日

「日中不再戦友好碑を 再建して」

 「日中不再戦友好碑を再建して」

           劉連仁さんの思い出(24) 

                         日本中国友好協会北海道連 会長 鴫谷 節夫


       今回は標記の文章が残っていたので、再建の取り組みは後回しにして、それを紹介させて貰います。 

                             

 日中不再戦友好碑を再建して

   小樽支部事務局長    鴫谷節夫

 人間は、何故、碑を建てるのでしょうか。

 二十一年の風雪にすっかり傷んでしまった「日中友好不再戦碑」を再建する大仕事に取り組みながら、このことを考え続けていました。

 戦争が終わってもう四十二年も過ぎた、昔のことにそんなにこだわる必要はないのでは、そんな声が聞こえてきます。ましてや、数百万の大金を投じて再建するとなると、その意義を根本的に考えてみなければなりません。

 銭函から石狩へ抜ける途中、手稲に入ってすぐに「史跡、バッタ塚」という案内が出ています。何だろうと思って、一度訪ねたことがあります。かなりの距離を入ったところに記念碑がありました。明治のはじめ、開拓が始まったばかりの頃に、北海道はバッタの大群に悩まされ、放置しては開拓の未来はおぼつかないというので、巨額の金と人力を投じてバッタの卵を取り集め、この地に深い溝を掘って埋めたというのです。記念碑がなかったら、こんなバッタの歴史はだれにもわからないでしょう。

 「過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目になる」(西ドイツ大統領・ヴァイツゼッカー)のは、何事においてもいえる事です。特に、私たちが犯した過ちに時効はないと覚悟しなければなりません。

 しかも、中国人強制連行と虐殺の事実は、それを計画し実行させた勢力とその後輩たちによって、意図的に消され、上っ面だけが華やかな日中交流が盛んです。

 一九八七年六月二十八日天候にも恵まれて、盛大に除幕式が行われました。

募金も立派に集まりました。

中国人殉難者全道慰霊祭は二十二回目になりました。

日本中国友好協会北海道連合会に結集する私たちは、ひとりでも多くの人にこの碑のことを広めて行こうではありませんか。


 この文章は一枚の紙にワープロで打ったもので何かの原稿にしたものかどうかわかりません。しかし私の記憶では、日中道連の一部に消極論があったことは確かで、それを意識したものであると思われます。