2015年8月4日火曜日

三笠から日中友好の灯を消せない

 故人となったった岩崎賢治さんを偲んで

           美唄支部長 供野 周夫
 十数年前の事だったと思うけれど、三笠の岩崎賢治さんが岩見沢のある総合病院で肺がんの告知を受け、場所が悪いため手術はできないので、抗がん剤を主体にした治療をしても余命3か月ということを聞きました。その後、札幌市菊水の国立がんセンターに転院して回復しました。
 毎年、日中友好協会のカレンダー普及の時期になると美唄から三笠の必要分を私が届けていました。
 退院した年の彼の姿は痛々しかった。抗がん剤の副作用で頭髪は抜け落ち、まだ、病人の顔をしていた。
 それでも彼は、三笠の日中友好協会の中心メンバーが高齢化のため次から次へと他界していったので、「三笠から日中友好の灯を消さないために生きている限り自分がやる」と力強く語っていた。
 いまは、静かにご冥福を祈るのみです。


 日本中国友好協会三笠支部長の岩崎賢治さんは、6月14日、77歳でご逝去されました。
 日中友好協会北海道支部連合会は、葬儀に当たり、生花一籠を供し、副会長・美唄支部長の供野周夫さんが葬儀に参列しました。